LIMIT02:目を凝らせ


「いやー、それにしても今年の春アニメも最高ですよねー!」

「ですよね! 私は{愛とラブと我愛うぉーあい}がお気に入りなんですけども、エツ君は観てます?」

「もしかしてカンフー少年が日本人のご令嬢幼馴染と一緒に島の何でも屋やっていく漫画が原作の? それなら知ってますし観てますけど」

「そうそうそれですそれです! やはりエツ君なら知ってると思ってましたよ! 個人的な名シーンはアニメ第3話のテン天音嬢アマネジョウの元へ颯爽と駆けつけて守るシーンなんですけどもね──」


 任務開始からおよそ10分が経過した現在。

 慎重に村まで続く下り道を歩きながらも、越とサラスの2人は大声で雑談していた。

 もちろん、オタク同士で単にオタトークをしている訳ではなく、彼らは敵を誘っている最中である。

 なぜなら、砂利道の両端は木々で覆われているため、相手の出方はほぼ4つに絞ることができ、様々な推測や対処もできるからだ。


 ⒈落とし穴→ 敵がリアルタイムで掘るタイプ or 踏めば開く罠タイプ

 ⒉遠距離からの狙撃→人数、装備、所在地、能力

 ⒊背後からの奇襲→ 適宜締めて伸す

 ⒋もしくは正面からの真っ向勝負→⒊と同様に締める


 しかし2人が話している間で、カプセルが減る事や脅威が降りかかる事は無かった。

 それはそれで良いのだろうが、現状維持はこの手の輩に準備をさせてしまうことを意味する。

 よって、越が(多少粗くとも状況を変えられれば)と思い立った事で、彼女と共通の趣味を語り出したものの、成果はご覧の通りであった。


 彼が(さすがに露骨すぎたか……)と諦めと空虚の狭間で会話を続けていると、やがて千紗からの通信が入って来た。


『越君、薄々気づいているだろうからそこまでにしておいてくれ。君達の半径500mには怪しい物が何一つ見当たらなかったから、念の為にと見守っていたんだが……ここまで見ていられなくなるのなら、こちらも止めざるをえないからね』


(上司にも言われると立つ瀬がないな……)


 越は天を静かに仰ぐ。


『そんなことより、まもなく村の入り口に到着するから備えておけ』「エツ君」


 千紗が告げ終えた途端、サラスがパーカーを引っ張る。

 彼女がもう一方の手で差すその先には、注連縄が懸けられた赤い鳥居が仁王立ちしていた。


「確かに言われた通り、たった今到着しました。1度キャンプと通信しますから、また後ほど」

『了解した』


「こちら斥候、目標地点に到着しました」

『こちらアードラー、1つもカプセルが作動してないようだが、本当に大丈夫か?』

「それについては、俺とサラスさんで道いっぱいに広がって歩いていたので、罠を踏み外すことはないと思われます。加えて千紗さんの目でも確認したので大丈夫かと」


 アードラーにしばしの黙考が入る。


『……了解、今から剱と明日人アストを向かわせる』

「でしたら、2人が着くまで一足先に村を捜索したいのですが良いですか?」

『ダメだ、入口で剱たちと合流できるまで何が起きるか分からん。不足の事態に備え、その場で待機してくれ』

「了解」


「というわけですから、もう少し話します?」

「だったらそうし──」


 賛同しようとした瞬間、サラスの視界に黒い何かが入る。


「どうしました?」

「今さっきエツ君の後ろを──」


 彼女の一言で、越は咄嗟に千紗を呼び出す。


「千紗さん」

『要件は分かってる。しかし、先の話を全て聞かせてもらったが、何も通らなかったぞ』

「了解」


(まさか敵の【能力】か? もしくは装備の効果? ただの見間違いなら良い……が!)


 思慮を巡らせる一方で、ナノマシン入りのカプセルを村の中心に向けて投げ、今度はキャンプに連絡する。


「こちら斥候、サラスさんが何かを見つけた模様。そちらのレーダーには何か映っていますか?」

『こちらレーダーのフロッグ、特に怪しいものはないぞ。強いて言えば小動物ぐらいだ』


 画面に映る村の立体地図とナノマシンを浴びた対象のリアルタイム動画、これらを交互に見ながら応答する。


「……」

『そんな心配するなよ。何か分かったらオイラからきっちり伝えとくさ』


 斥候からの返事がないのを聞き、レーダー役は言葉をかける。


「了解……」


 釈然としない気持ちを抱えながら、キャンプとの2度目の通信は終わる。


(ここまで来れば何か居そうな気はするが、千紗さんの目に映らず、サラスさんにも言われるまで何も感じなかった……ただの勘違いかもしれないが、1度気にするとどうしても意識してしまう……となれば仕方ない。ここはあいつに聞くか)


「エツ君? さっきから黙って怖い顔してますけど、何か策でも考えているんです?」

「あぁ、すいません……って顔はいいじゃないですか! 顔は!」

「それもそうでしたね」


 越が苦笑いしつつも、指摘されたことに突っ込む事で、サラスの唇も釣られて綻びる。

 そうして、お互いの顔が少し緩んだ。


「ともかく! 顔の件は一旦置いといて、策はないですが、ここは剱の第六感に頼ることにします。あいつの野生の勘はこういう時は必ず当たるんです」

「確かに言われてみれば、彼が『あっちに2人』みたいな感じで敵の数を当てたところを、私も何度か見ましたね」

「『親父との鍛錬の成果』って言ってました」

「そんなことありえるんです?」


 彼女は(信じられません)と言わんばかりに、目を大きくする。


「現にそうなってるんですから、これ以上は疑う余地なんてありませんよ。本人から聞いた事があると思いますが、あいつの家系は500年続いていて、未だに分家から政治家が輩出するほど勢力が衰えていないらしいですから。そんな大所帯の跡取りとして生まれたなら、そりゃ他の兄弟よりも厳し目に扱かれますわな」

「にしては少しやりすぎな気もしますけど……!」


 故郷フランスでも、当主の器を鍛えるために長男に英才教育を施す話はあるとはいえ、さすがに人外じみた超感覚を得るなどは聞いたことがないので、サラスは若干ながら引いていく。


「そうです? 俺も同じぐらい爺ちゃんに扱かれたから剱ほどではないですが感覚が鋭くなってるんで、そうでもないと思いますけどね」


(流石SAMURAIとNINJAの国……!)


 サラス・グラネス、驚愕す──!!!







 キャンプと最後にした通信から8分後、剱と明日人が現着する。


「おーい! 越ぅ! サラスさぁん!」


 霧の向こうで、微かにだが、手を振る人影を発見する。


「こっちだ!」

「無事に合流できて何よりです! ツルギ君! アストさん!」


 同じ隊の面々が数十分ぶりの再会をしている傍らで、明日人はキャンプに伝達する。


「こちら明日人、斥候と合流したっス」

『こちらアードラー、その旨は了解した。あとは、各自で村を捜索してくれ』

「了解っス」


 通信が終わり、3人に向かい合う。


「改めてどうもっス、【監視犬ウォッチドッグ】の皆さん。俺はフゥさんが隊長やっている遊撃隊【紅天黄風ホンテンホァンフン】所属の新田明日人ニッタアストっス」

「こちらこそ、改めてよろしく」

「よろしくです」


 挨拶を交わしながら、順番に握手する。


「ではついさっき捜索の許可が降りたんで、そろそろ行くっスよ皆さん」

「「「了解」」」


「と言ったところでだが、剱」

「どした?」

「出発する前に聞きたいことが1つ、ここら一帯で何か感じ取れるか?」

「そうだな……ちょっと待ってくれ」


 目を閉じると、毛穴の1つ1つにまで意識を巡らせる。

 この時、全身を使って触覚を研ぎ澄まし、彼は生ける探知機となる。


「ここに来てから2つ……嫌な空気が流れてるぜ」

「それさえ分かればOKだ、ありがとよダチ公」

「こんぐらいお安い御用さ、ダチ公」


「話は済んだっスか?」

「あぁすまねぇ、今終わったとこだ」

「でしたらさっさと行くっスよ」


 そして一向は、住宅地である村の中心まで歩き始める。







「そっちの家はどうだ」

「ダメだ。事前に知らされた通り、まるで住人だけが消えたようになってやがる。荒らされた形跡は見当たらん」


 中心地に着いてから30分、2チームで古民家内を隅から隅まで捜索するが、生存者は未だ見つかっていなかった。


「そうか……しかし、道路はまだ奥に続いているようだし、進捗は半分にも満たしてなさそうだぞ?」

「要するに諦めるには時期尚早ってことだろ? それならさっさと先に進もうぜ」

「いや、ちょっと待ってくれっス」

「どうした、明日人?」

「一旦こっちに」


 彼の言葉に応じて、1度集まる。


「あっちの庭が他より広い家、誰かが玄関の向こうにいるっス」

「あれは……赤ん坊?」


 霧の影響もあって僅かではあるが、モザイクガラスの向こうで動く物が見られる。

 この状況下では、キャベツにいつ潜んでいたか分からないナメクジのように薄気味悪い存在であった。


「どうする? 俺の勘はアレに害がないと言うが、状況的に怪しすぎるぜ……キャンプからの報告もないしな」

「後回しにするのは良い案ではなさそうですしね」


 その中で1人、越は静かに千紗と通信を始める。


「千紗さん、念の為に聞きますが、俺たちが目撃している物はなんです?」

『今視てる最中だ……が、どうみても罠だな。それも【能力】による幻覚だ』

「やっぱそうでしょうね……しかし、これ以上敵に足を止められるのもしゃくです」

『越君』


 千紗の声が一段と低くなる。


「数時間前に忠告されたのを破ってすいませんが、あれが罠だと言うのであれば、敵の【能力】の詳細も調べたほうが、これから来てくれる増援の手助けになるんじゃないんですか?」

『それもそうだが、今は概要だけでも充分なんだ。無駄に危険に身を投じるな』

「相手が待ち伏せが得意なら、準備させないのもある種の作戦では? それに、こっちには優秀なサポートがいます。行かせてください」


 サラスを見ながら説得する。

 すると、聴き馴染んだため息が「はー……」と返ってくる。


『帰ったらみっちりと説教しておくから、覚悟するようにな』

「了解」


 最後にダメ押しで、フロッグと通信する。


「こちら斥候の界進越、俺達の数m先に幻覚があるのですが、そちらにはどう映ってます?」

『レーダーには『青色の半袖と黒色の短パンを着た身長93cm、体重14kgの3歳男児』と映っているが、幻覚ならこれは少しおかしいんじゃねぇのか?』


(あれ赤ん坊なのか……もしかしたら生き物しか見せられない感じか?)


「だとすれば、相手が俺たちに実体のある幻覚を見せてるならあり得る話では?」

『それなら一旦そういうことにしておくわ。ついでに言っとくが増援まであと2時間、夜明けとともに来るから、戦闘になった場合それまで粘れよ』

「了解」


「越、任せたぞ」

「大丈夫さ、俺は簡単には死なねぇから。それでは、サラスさんは俺と一緒に付いて来てくれますか?」

「もちろんです」


 信頼する仲間の要望に、彼女は《コクリ》と静かに力強く頷き、玄関へ一緒に赴く。

 






「サラスさん、万が一の為に俺より3歩後ろに下がってください」

「はい」


 引き戸に手をかけ、越は突入する準備をする。

 遥か後ろでは、敵が逃げないように、全員がすぐ退却できるように、剱と明日人が武器を思いっきり握り締めている。


(ここまで来たからには、お前も覚悟を決めろ)


「3、2……1!」《ドッゴーン!!》


「何だ!?」「何です!?」


 引き戸を開こうとした瞬間、待機組のいる方から轟音と揺れが山全体へ響き渡る! 

 振り返って見ると、彼らを周りの家屋ごと大きな穴が呑み込んでいた!


「剱! 明日人!」


 躊躇ためらいを見せずに【超越者オーバーリミット】を発動し、2人の元へ駆けつける!


         《バカッ!!》


 だが「それを待っていた」と言うように、新しい穴が前触れもなくひらく!


「マジかよ……!?」

「エツく──」


 サラスが足元を掬われた越を助けようとするも、自分の足元にまで広がっている事に気付いた……ほんの僅かに遅れて……

 そして、彼と共に奈落の底へとあっけなく落ちていった……

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