LIMIT07:ド派手にぶちかませ
(本当に真っ暗だ……視力が増強されてなかったら、千紗さんに依存するしかなかっただろうな……ただ、光源が無いのは考えにくいし、俺の眼でまだ光を拾えているなら隙間もあるはず……)
推測を交え、越は現状の把握をする。
前には、打ちっぱなしのコンクリート風景とその奥へ
そこで合図を送り、千紗が分析し終わるまで待機する。
『壁内一列にライトとカメラが隠されていて、40m先には多数の部屋が確認できた。そのまま潜入を続行してくれ』
(ともすれば、カメラで異変に気づかれてるのかも……)
警戒を強め、
『越君、見えていると思うが、左手の部屋に入ってくれるかい?』
だが結局、千紗からの通信が来るまでは何も起こらず、《ザーザー》と衣擦れの音が耳に入るだけであった。
(……まぁ何もないのが1番だし、失礼しますよっと)
光を入れるため、ドアを開けっ放しにしながら入室する。
そこで最初に目にしたのは、マルチモニターとオフィスデスクだった。
(どうやら監視室っぽいな……だったらこういう時のお約束として、まずは1番怪しい机からだな)
ゲームで培った知識を活かし、右人差し指で机の上を拭いたり、その周囲に何かないか探したりする。
(埃の付き具合を見るに、4日前までは使われていたようだが……つまり俺たちが村に赴いていたあの時、既に村人は全員拉致されてた……)
指の腹を見つめると、拳を硬く握る。
(絶対に行方を探し出すとして……横についているスイッチはモニターのだろうから、起動するまで物色させてもらうか)
そして、電源スイッチに左手を伸ばす──
《パチン》
──がしかし、待機画面などは一切映らずに黒いままで、うんともすんとも言わない。
「……あれ?」
『どうやら、入り口以外のブレーカーを切っているようだね』
(
やむを得ず、引き出しを開ける──
《ガチャッ》
──つもりだったが、ロックされていた。
(……だが、これぐらいゴリ押し)「でッ」
先程から1回で事がうまく運ばないのに対し、段々と募っていく不満を力に変えて《バキン》とデッドボルトを断裂する。
その次に、1番上に置かれていた本を手に取る。
(なになに? 『日誌:〇/〇〜△/△』? 案外シンプルな名前だな。てっきり、『我が主への伝書』やら『偉大なる神に捧ぐ御文』だとか、ご立派な名付けをするもんだと思ってたが……)
ページを《ペラっ》とめくって内容を流し読みするも、名前の簡素ぶりに違わず、毎日の出来事を淡々と書いているだけであった。
(ざっと見たところ、ただの日誌とあまり変わんないな。これは回収した後でじっくり読ませてもらうとして……他には何があるんだ?)
パーカーの裏ポケットに本を仕舞い、更に底深い部分や別の引き出しを漁る。
ただし出てきたのは、奇妙な
(残っているのはガラクタだけ…… だとしたら、ここはもう用無しだな)
あまり芳しくはない成果に表情が曇るも、その場を後にして別の部屋へ向かい出す。
(んじゃ、少しペースを上げるとしますか)
「アードラー、坊主はどこまで進んだって?」
片や倉庫からだいぶ離れた海の上。
そこで滞空する輸送機のパイロットに、コマンドは質問する。
今現在、不審な輩がいた場合にすぐ報告できるよう、機内からライフルスコープで見張っているところであった。
『班長によればあと少しだが、今は炊事場で証拠品を押収してるらしい』
「了か……ん?」
返事をしかけるが、影に
スコープの倍率を上げてよく観察すると、赤い腕章を左に着けている集団であった。
かがみながらも歩行時と同じほどに迅速に動ける身のこなしや、一般層で正規購入できない装備から察するに、軍隊経験者で構成されているようだ。
(あらら、随分と大所帯で来てるじゃないの。こりゃぁ早く教えねぇとマズいぞ……)
『言い淀んでどうした? 何か問題が発生したか?』
「そんなとこだ。また後でかけ直す」
千紗の要望で食材が入っていた容器や袋を集めていた越へ、チャンネルを変えて連絡する。
「こちらコマンド。坊主、良いニュースと悪いニュースがある。どっちから先に聞きたい?」
(おっと、ここでアメリカンジョーク? こういう時は大抵碌なことになってないんだが……)
『だとしたら、悪いニュースから?』
「奴さんが、かなりの人数でそっちに向かっている」
(うーん……予想はできてたが、メンドくさい事になってやがる……)
『それで、良いニュースは?』
「新しい情報源が来たことだ。これで【教団】に一歩近づけるぞ」
(もはや相殺されてただの報告だな……)
『確かに喜べるニュースでしょうが、一人じゃキツイ人数だとすれば、援護はしてくれるんでしょうね?』
「もちろんそうに決まってるだろ。そのためにこっちは、20分以上前から狙撃体勢に入ってるんだぞ?」
『了解、だったらこのまま通信続けます』
「了解、脱出する時は一言頼むからな」
海中から輸送機に気取られず浮上する者や誰も知らない影に潜む者が、続々と倉庫周辺に集まる。
彼らの素性は、これまでの【賜り者】と同様に、マスクやスカーフによって隠されていた。
やがて、軍靴や銃火器の忍び声が止む。
『隊長、全員配置につきました』
倉庫の一角にもたれているフルフェイスバイザーに、隊員の1人が無線で報告する。
「それでは最後に、一度だけ作戦の内容をおさらいする。一語たりとも聞き逃すなよ」
「まず、
「他のメンバーは互いにいつでも支え合えるようにしろ。防御系の【賜物】を持つ奴らはなおさらだ」
「良いか? 俺たちには【教団】としての誇りがある。相手にこれ以上泥を塗られるような真似をさせるんじゃない。分かったら、今から行動開始だ」
『『『『了解』』』』
炊事場のドア付近で腰をかがめる越。
目を細めて歩いてきた道を振り返るが、それらしき敵影は見当たらない。
「しかし、この気配ならそろそろか……?」
いつでも対応できるように身構える。
『こちら
「少し待て。
『ご命令があらば、いつでも撃てます』
「しくじるんじゃないぞ……カウント!」
「3……」
ミストが《カシュッ》とマスクを開ける。
「2……」
スロワーが
「1……Fire!」
掛け声と同時に、緑色のガスが地下に充満し、誘導弾が天を貫く!
『FIM!』
「だったら撃ち落と──」
アラートが響き渡る機内で、コマンドが照準を定めた直後! 最高速度に到達したはずの誘導弾が加速する!
本来ならばあり得ない現象だ!
(そういう【能力】かよ!)「爆発に備えろ!」
撃ち落としても爆風で無傷で済まないことを知ると、彼はすぐさま機体の反対側の手すりに掴まる!
アードラーもロックしている操縦桿を強く握りしめる!
《ドォォォン!!!》
その直後、弾がローターに直撃し、制御が効かなくなった機体が巨大な水柱を立てて沈没する……
『着弾確認、次弾装填します』
「了解、そのまま警戒体勢を維持しておけ」
追加命令を出すと、無線機のチャンネルを変える。
『ミスト、ウェーバー、現況を報告しろ』
気密服で地下を進む2人に、隊長からの通信が入る。
ウェーバーが「私が引き受ける」と言ってきたので、ミストは彼女に任せる。
「こちらウェーバー、遺体は見つからず、ただいま追跡中です」
『了解、何かあれば増援を2名まで送れるから連絡しろ』
「了解」
無線機から手を離すと、地面に垂れている薄ピンク色の液体、ガスで溶けた人肉を眺めている相棒に語りかける。
「ミスト、中にいる敵って死んでると思う?」
「どうだろう……『奥へ奥へと逃げるも、行き止まりに遭って力尽きた』と思うのが妥当なんだが……普段よりも溶け落ちている量が少ないから油断するなよ」
彼が膝を上げると、2人は一歩一歩順調にコップ1杯分の足取りを辿る。
「なんだか……さっきよりジュースの垂れてる量が減ってない?」
「それは気のせい……気の……せい……?」
だがしばらくして、漠然としていた違和感が次第に形を取り、針のように胸中を刺し貫いていく。これ見よがしにゆっくりと。
しかしもう遅い! 2人の頭に「まさか!?」が
《ドッゴーン!》
遥か後方でドアが吹っ飛ぶ! 室内から出てきたのは越だ!
見た目は溶けたキャラメルを彷彿させるが、【超越者】のおかげで原型は保てている!
『私の合図が来るまでよく堪えてくれた。それに“バックトラック”を実行するのも良い機転だったぞ』
“バックトラック”とは、一般的には動物が追跡から逃れるべく、自分の足跡を踏んで後退する途中で別方向へ跳ぶ行為である!
越の場合は、自分の溶けた腕の肉を振り撒いた後、その場所より後ろの部屋へ入ることで欺くことに成功したのだ!
(褒めてくれるのは嬉しいが、ここであいつらと交戦するわけにはいかねぇ! 屋外へ退避だ!)
そのまま蹴った方の右足で床を踏み締め、猛ダッシュ!
彼自身は50mを6秒で走れる俊足を持ち、今はその約6倍の脚力で走るために、ウェーバー達が【賜物】を使う前に振り払う!
『隊長! そちらに侵入者が逃げます!』
「銃口をコンテナに集めろ!」
すぐさま全方位から《ガシャッ》とパーツが擦れ合う音を出しながら、隊員は言われた通りに行動する。
その音を聞き逃さず、綻びが生じたタイミングで、越は
「コマンド、お願いします」
すると彼の要望に応じるかのように、大破したはずの輸送機が被弾する直前までの姿に戻り、徐々に空へ浮かび上がる!
『了解』
上昇し終わると、手すりから銃身に左手を添える。
「おいおい……冗談だろ……」
予想外にも下から舞い戻る輸送機に呆気にとられ、今の状況においては致命的になり得るほどに、スロワーの反応は遅れた。
「だったらもういっぱ──」
だからスロワーが撃とうとした矢先、彼の胴体を3回、
「ライフルの腕前は……劣っていなくて良かったぜ」
お互いに居場所が知られ、尚且つスティンガーと
つまり、今回の銃撃戦で勝敗を分けたのは早撃ちの習熟度でもあったのだ。
『隊長! スロワーが負傷! 繰り返します! スロワーが負傷!』
「早く応急処置しろ! 代わりの対空は怯まずに撃ち返せ!」
『了か──』
高台にいた隊員の一人が返事し終わる前に、倉庫からとてつもない速度で越が跳び出す!
「そんなことさせねェよッ!」《ドゴッ!》
真横に接近し、強烈な膝蹴りを顔面にお見舞いする!
『残り3人』
それらも千紗の誘導で1人ずつ、頭上から浴びせ蹴り! 壁ジャンプしての空中回転蹴り! 両手を地面に付け、腕を伸ばした反動で蹴り上げ!
「スー……ハー……スー……ハー……」
対空手段を全て排除した越は、呼吸を整えると倉庫の周囲に残った敵を《ギロッ》と睨みつけ、ここまで溜めてきた怒りを爆発させる!
「今なぁ……身体中ピリピリするしベタベタするしで気持ち悪いんだよ……! こんな茶番……とっとと終わらせるぞ!」
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