LIMIT0:プロローグPart3

 少し時間を戻して、剱が教室を脱出した直後にて


「まずは言われた通り、時雨を最優先だ」


 そう言いつつも、剱の心の中には(さっきの選択は正しかったのか……)(まだアイツを助けられたのでは……)などの様々な後悔が渦巻いていた。


(ええい! そんなことは後で考えろ! 目の前のことに集中だ!)


 そして、越に先ほどまで『あまり大きな声を出してはいけない』と忠告されたため、シラミ潰しで彼女のことを探し回る。

 道中で生存者を見つけた場合は、もちろん非常口まで誘導しながらも、彼女の行方を聞き出す。


すると、


「彼女……なんでかは知りませんが、他人の傷を癒せてました」


 同じ生徒に会えて安堵したのか、足の力が抜けて動けなくなっていたために担いでいた時雨の同級生が、突然そう答えた。


「本当です。信じてもらえないでしょうけど、実際に私はこの目で見ました。瀕死の人に手をかざすと、跡形もなく火傷や裂傷が治ったんです。私も彼女に裂けた脚を治してもらいました」


 熱と瓦礫によって、もはや布切れ同然となったタイツから顕になっている肌を、剱は横目で見る。


「そうか……」


 同時に、彼女の言ったこと全てに嘘偽りがないことも直感で悟る。

 

(目の前で人が炎を放つ姿を見てんだ。そんぐらいはありえるかもな)


「当然私は『早く逃げよう』とも言いました。でも『まだ助けを求めている人がいるかも』って、彼女は行っちゃったのです。私はとてもじゃないけど怖くて怖くて……一刻も早くここから逃げたくて……」


 徐々に声を震わす少女に、優しく話しかける。


「良いんだ、普通の人ならそのぐらいの反応をするもんだ。むしろ、自分の情けなさを勇気を出して告白している時点ですげぇと思うからよ、あまり自分を卑下するんじゃねぇ。分かったか?」

「……ありがとうございます」


(にしても……アイツもここ数年で強くなったんだな……だがこんなところで無茶をしやがるとは、帰ったら褒めなきゃだな)


 剱は、友を助けられかったことを思い出し、罪悪感がまた生まれる。

 よって、時雨の無謀だが他人を助けている行動に、彼は「危ないから自分優先で逃げろ」などの説教はしないと心に決める。


「着いたぞ」

「ありがとうございます……」


 そうこうしながらも外へ出た剱は、後ろの女子をゆっくりと降ろす。


「あの……お名前……伺ってもよろしいですか?」


大嶽剱オオダケツルギだ」

紅華久娓子ベニバナクミコです……」

「覚えておく。とりあえず早く行っとけ」

「本当に、助けてくれてありがとうございます」

「達者でな」


 そして、剱が校舎に戻ろうとしたその時!


   《ドッガーン!!!》


「なんだ!?」「なんです!?」


 突如として半径2mはあるだろう鉄球が、天井を壊して飛び出してきた!

 更には血が球面にべったりとついているところから、恐らくここに来るまでに何人か圧殺している!

 

「あァ? オイ、パイロの野郎、何人か逃してるじゃないか。まァいい、【賜り者タマワリモノ】かどうかまだ判断がつくからな」


 どうやら鉄球の正体は、パイロと共に居たボーラーのようだ!


「でだ、お前らは使のか? 使のか? 返答次第では生かしてやる」


 その鋭い眼光と異様な姿を前に、剱は今まで味わったことのない恐怖を感じ、足がひとりでに震える。

 後ろの久娓子は、ヘタリ、と地面へ座り込んで失禁している。


(マズイマズイマズイ!!! 多分あいつは俺達にバケモンみてぇな力があるかどうか聞いてる! まだダチ公の約束すら守れてねぇのに! ここで終わるのか!?)


「黙秘は否定、ということで良いな? ならば死ね」《ゴゥッ!》


 大怪獣が唸ったかのような風切り音を発生させ、ボーラーが回転しながら接近する!


(あっ、こりゃ死んだ──)


 ボーラーの体当たりを喰らいそうになり、剱は最後に見た越の顔を思い出す。

 信頼と願いを全て“ダチ公”に託したその目は、死にかけていたあの時でも、真っ直ぐ剱のことを見ていた。


 ならば応えるのが義理というもの!

 ここで諦めて、どうして“ダチ公”と呼ばれる資格があろうか!

 ここで諦めて、どうして彼に報えようぞ!

 

(──いや、あいつのあの澄んでいた目を見てよぉ……ここで俺の生き様を終わらせるわけには……)


 大和男児の目に光が戻る! その右手には、いつしか刀が握られていた!


『いかねぇんだよなぁ!!!』

 

 剱はしっかりとを握り締め、ボーラーの球面部分に突き刺す!


「グワァーッ!」


 あまりの痛みに回転が止まる!


「なんだこりゃァ!? いつの間に刀を!? どこに隠し持ってたんだ!?」

「さぁな……ただ……今回の件で、俺のダチ公にしてきたことは一生忘れねぇ……」

「何言ってんだオメェ!? 良いからこいつを抜きやがれ!」

「いいかげん静かにしろや」

「ヒッ……!」


 ドスの効いた声とその鋭い眼光に、ボーラーは今までにない恐怖を感じ、萎縮する。

 そして、剱の中には恐怖はもうなかった。


「とりあえず……これで終いだぁぁぁ!!!!!!」


 左手にもう一本刀を握り、そのかしらでボーラーのあたまめがけて叩きつける!


「ガッ……!!」


 ボーラーの変身が《シュルルルルルッ……》と解け始めた。


「フーッ!」


 大きく、越がした様に、剱は息を吐く。

 

「怪我はないか?」


 久娓子の安否を確認する。


「あっ……ええっと……はい……別にどこも怪我はないです……」

「そりゃよかった」


 彼女の手を引き、立ち上がらせる。


「えっ……と……その方はどうしましょう?」

「とりあえず放置だ。そいつがいくら頑丈だろうが、頭に衝撃を受けてんだ。どうせ、目覚めた後もしばらくは自由に手足を動かせねぇよ」

「だったらわかりました……」


「それと久娓子さん、アンタは先に逃げとけ。俺はもう少し時雨を探しに行く」

「これ以上は危ないのでは?」

「そうだな……確かにわざわざ助かってんのに、火事場に飛び込むのはアホだ。だが、まだ約束果たせてねぇし、これ以上ダチ公は失いたくねぇんだよ」

「だったら、せめてこれを」


 未使用のハンカチを、久娓子は剱に手渡す。


「これ以上こんな私が言うのは余計ですし、消防署の方が来るまでにもしかしたら間に合わないかもしれません。だから急ぐ気持ちもわかりますが、煙の勢いが先ほどより激しいですから…..」

「いや、それよりも迷惑をかけてすまないな」

「いえいえ、こちらこそ今まで助けてくださりありがとうございます。あとは、時雨さんが見つかるようお祈りします」


 剱は「ありがとう」と彼女にお辞儀をした後、火事場に飛び込んだ。







 ちょうどその頃、越は教室を出たところで立ち往生していた。


「しまった、道が炎で塞がれてる……窓から飛び出そうにも高すぎるしなぁ……」


 パイロを倒した後、越は(早くみんなと合流しないとな)と教室にいた時は考えていた。

 だがしかしそのドアを開けてみれば、四方八方が炎で囲まれており、思いがけない足止めを食らうハメになった。


「うーん……どうしたものか……」


 そうして頭を捻ること1秒。


(今の俺ならこのパワーでなんとかできそうだし、床ぶち抜くか)


 彼は合理的力任せなアイデアを思いつく。


「それじゃ……よいしょおッ!!!」


   《ドッゴーン!》


 床を踏み抜いて炎の壁から脱出!


「フーッ、案外なんとかなるもんだな──」「越くん!?」


 連続する窮地を脱して一安心したその時、越の耳に自分の名前を呼ぶ大声が入る。


「ん? その声は……」


 振り返ってみれば、そこには幼馴染である美少女、時雨の姿が見えた。


「時雨か!? お前なんでここにいんだ!?」

「越くんこそなんで空から急に降ってきたの!? あと少しずれてたら瓦礫に潰されちゃうところだったよ!?」

「いや……それは……誠に申し訳ありませんでした……」


 炎から逃れる為とは言っても、一歩間違えていたら幼馴染が死んでいたのだ。

 今たじろいでいるこの男は猛省するしかないだろう。


「とりあえず、そういうことするって話なら、あれ以外の方法がなかったんでしょ?」

「はい……そうです……」

「それじゃ、この話はおしまい。外を見た感じだと、わたしたち以外の生存者はもう避難し終わっているようだし、早く逃げましょう」

「分かった」


 2人が歩き始めようとすると、


「時雨か!!!???」


 またまた後ろから大声が聞こえてきた。


「剱くん!?」

「いやぁ走り回った甲斐があったってもんだ! 詳細は後で話すが、実は越にお前を……たの……まれて……」


 そして、死んでたはずのダチ公の姿を見る。


「ヨッ、死にかけたけど案外なんとかなった──」

「エ゛ツ゛ゥ゛ゥ゛ゥ゛ゥ゛ゥ゛ゥ゛ゥ゛!!!」


 越が言い終わらないうちに《ブワッ》と剱は号泣しながら2人に抱きつく。


て゛っ゛き゛り゛てっきりお゛は゛え゛おまえは゛も゛う゛はもうし゛ん゛た゛か゛と゛死んだかとお゛も゛っ゛て゛おもって!!! あ゛ん゛と゛き゛あんときす゛ま゛な゛すまなか゛っ゛た゛かった!!!」


 嗚咽しながらしっかりと、その腕に2人がいることを確かめるように、さらに一段強く抱く。 


「分かったからもう泣くな! ただでさえここはめっちゃくたに暑い上に、お前の暑苦しさで蒸し焼きになっちまう!」

「お゛う゛! す゛ま゛ね゛ぇ!」

「なんだか分からないけど良かったね……2人とも……」


 時雨がもらい泣きし出す。


「それじゃ、こっちだ! 俺が外からここに来るまで通った道だから大丈夫なはずだ!」


 ひとしきり済んだ後、グシャグシャになってた顔を拭き、声の調子も取り戻す。


「よし、それならさっさと行こう」

「分かったわ」


 2人は剱に連れられ、脱出経路を辿る。







「剱……瓦礫でドアが塞がってるぞ……」


 


 剱の先導によって非常口まで着く間、(ようやく出られる!)と全員が思っていた。思っていた。

 だが実際にたどり着けば、越と同サイズの瓦礫が一行の行く手を阻んでいるではないか。


「それだと別の道を探さないといけないわけだけど……引き返そうにも道が……」

「いや、もしかしたらイけるかもしれん」

「えっ?」

「ほら、刀を使えばよ」


 剱が手を握る仕草をすると、二次元の穴から刀の柄、鍔、刀身が順番に現れた。


「なんだそれ!? カッケェな!」「何それ!? 凄いね!」


 越と時雨はそれを見て興奮する。


「いやな、鉄球に変身してた男に潰されかけた時に、状況を打破しようと我武者羅になってたらいつの間にかできた。まぁそれは置いといて、これぐらいの瓦礫なら切り刻めばなんとかなるだろ!」


 剱は構えを取り、瓦礫を斬る……


   《グニャ〜ン》


 が、刀にスポンジのような弾力があればこうなるのだろう、と言わんばかりに瓦礫と接触してた部分は歪んだ。

 勢いよく刀を振ったはずだが、刀が瓦礫にぶつかった反作用を感じず、剱には軽くフワッとしたようで柔らかい謎の感覚が伝わってきた。


「「「ハッ?」」」


 その異常に、その場にいた3人は思わず同じ反応をする。


 「え? さっきまでこの刀は普通に斬れたんだけどなぁ?」


(刀のどっかに異常でもあるのか?)と思いながら刀身を見回す。


「それじゃ、正拳で吹っ飛ばすか」

「『正拳で吹っ飛ばす』って……」


 越の突拍子もないアイデアで、時雨は唖然とする。


 「剱、こいつ頼んだ」


 呼ばれて劔が振り返る。


「コイツって……ドイツだよ……ってソイツは!?」

「あっ!……って誰なのその人?」


 どうやら今頃になって、剱と時雨は気絶しているパイロに気づいたらしい。


「この火事の原因で俺を殺しかけた男。アッパーカットで沈めておいた」

「とりあえず時間が惜しいから剱、早く代わり頼む」

「お……おう……」


 困惑を隠せない剱だが、一旦パイロを担ぐ。


「フー……破ッ!!!」《ドガーン!》


 たった一発で、出口を塞ぐ瓦礫が全て吹っ飛ばす!


「豪快だなぁ……」「……」


 剱は最早驚き疲れたらしく一言だけ呟き、時雨は驚きすぎて口が塞がらなくなっていた。


「先を急ぐぞ」

「あっ、ちょっと待ってくれ。あそこに不審者を放置してるはずだから、この際そいつも運ぶわ」


 越がパイロをもう一度担ぎ直そうとすると、剱が空いてる手でボーラーを指す。


「んじゃ俺は時雨を、剱は2人担ぐの頼む」


 そうして3人は、生存者が避難していたグラウンドへと向かった。







 しばらくして、不審者の報告と火事で警察と消防車が駆けつけてきた頃。

 学校の上空を所属不明の白塗りの輸送機が飛んでおり、中にはパイロットを合わせて7名が搭乗していた。


「今回の襲撃ポイントはこの学校か……」


 スレンダーな女性はそう呟くと、無線を使う。


「各班に告ぐ。学校の周辺5kmの住人と本襲撃に関与した者の記憶処理を行え。私の班は【賜り者タマワリモノ】とそれを退けた生徒たちを確保しに向かう。その間に警察に身柄を引き渡されないよう、根回しもしておけ」


『班長、もうすぐ着陸地点ランディングゾーンへ着陸します』


 パイロットが千紗に話しかける。


「了解した。そうと決まれば、総員速やかに行動に移せ」

「「「「「「了解」」」」」」


 搭乗員の返事と共に、輸送機がゆっくりと下降し始める。







 グラウンドにいる剱は、輸送機が降りてくる様子を見上げる。


「おい、越」

「なんだ?」

「あそこのデッケー飛行機、なんかこっちに降りてきてないか?」


 剱は越の肩を叩くと、それを指差しする。


「警戒しとけ。もしかしたらあの細い野郎が一言だけ言ってた【教団】とかいう奴らのかもしれん」

「確かにありえるが、俺はもう既に警戒してるぜ」

「だからってそんな過剰にピリピリするな。相手にバレる」


 口ではそう出しても、越の声はいつもより低く重くなっていた。

 加えて先生ですら話しかけにくいほどの圧倒的な威圧感も、先ほどから剱と同じように放っていた。







『班長、どうやらこの威圧感が件の生徒らしいですよ』

「そのようだな、私の眼で今確認した。名前は……〖界進カイシンエツ〗と〖大嶽オオダケツルギ〗か……」

「リーダー、俺たちはいつまで待機だ?」


 白いアーマーに身を包んだ美形が話しかける。

 その背中には柳葉刀りゅうようとうとマチェーテ、腰には太刀とロングソード、計4本の刃物を携えている。


「落ち着け、ジャック。あの子達をこれ以上刺激させないよう私だけが降りる。命令があるまで待機してくれ」

「だそうだ、カミキリ小僧」


 黄土色のカウボーイハットを被ったガンマンは、弾薬ケースの上に脚を重ねながら彼女の言葉に乗る。

 腰の左右両方に付けたホルスターには、丁寧にメンテナンスされたリボルバーが入っている。


「俺はリーダーと話してんだ。次に口挟んだら切り刻むぞジジイ」

「ハッハー! その反骨心と威勢だけは一人前だな」

「あ゛ぁ゛ん?」


 低く唸りながら、ジャックは目の前のジジイを睨む。

 張り詰めた空気の中、他のメンバー3名はそれぞれたじろぐか「まぁまぁ」と2人を宥める。


「もうよしたまえ。ジャック、君は後で説教だ」


 呼ばれたジャックが「ぐぬぬ」と落ち込む姿を尻目に、ガンマンは「フッ」と鼻で笑う。


「もちろんコマンドもだぞ」

「え? 俺も?」


 思いがけず通り名を呼ばれたガンマン、改めコマンドは自分を指差しながら驚く。


「当たり前だ」


 そうして身内が諍いを起こし、それを班長が諌める間にも、輸送機はグラウンドに着陸してハッチを開けた。

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