LIMIT0:プロローグPart2

「え〜、まずは1年生の皆さん、本校へのご入学おめでとうございます。さて、今日は雲ひとつないほど実に天気が晴れやかで、これから生徒の皆さんが新しく物事を始めるのには、これほどまでにピッタリな日はないでしょう」


 4月、東京のある中高一貫校では、在校生と新入生が初めて一同に揃うことになる入学式が、屋外で開催されていた。

 生徒は今、全国共通であろう校長先生のとてつもなく長く、最終的に何を言いたいのか掴めないを頂いている最中であった。


 そして、それはあまりにも退屈な時間でもあった。

 どれほどかというと、ほとんどの生徒はそのまぶたを何度も開いては閉じて、開いては閉じていた。

 加えてその眠気に拍車をかけるかのように、春特有の暖かくて心地いい風が吹いている。

 今この場で一瞬でも気を抜けば、どんな誘惑でも振り切る悟り人だろうと寝てしまうだろう。


「なぁ……おいエツ

「あ?」


 隣からの呼び掛けで、越の半分虚になっていた目が起き上がる。

 彼が声に反応して振り向けば、体格の良い男が神妙な面持ちを浮かべていた。


 彼の名は大嶽オオダケツルギ、越の幼少期からの親友である。

 一般の男子高校生と比べて破格の巨躯を持つため、体が半分以上椅子からはみ出していた。


「どうした、剱」

「そういやさっき、時雨シグレも見かけたよな?」


 彼らが心配する時雨とは、本名を天田テンダ時雨シグレと言う2人の幼馴染の事であり、彼女は今日から中等部から高等部へ進学することになっている。

 ちなみに祖先がヨーロッパロシア出身で、その遺伝子がしっかりと写された美貌から、クラスの“高嶺の花”ポジションを取っていた。


「あぁ、そうだな。それがどうかしたか?」

「いや別に。ただ、アイツは昔から体が弱かったから心配でよ……」

「別にそこまでではなかっただろ?」

「そうだけど『娘がいきなり倒れた』って5日前に叔父さんと叔母さんが言ってたのも覚えてるだろ?」


 時雨は昔から病弱であるものの、越が言うように日常生活に支障が出るほどまでではなかった。

 しかし、そんな彼女が5日前にいきなり倒れた。

 そういったことはこれが初めてであり、原因は未だ分かっていない。

 だから、剱はここ数日間は落ち着こうにも落ち着けなかった。


「でも、今日は時雨自身の意志で入学式に参加してるんだ。これ以上は野暮になるぞ」


 越は口ではそう言うが、やはり穏やかではいられず、剱と同じ様に心の内はざわついていた。

 彼女が救急搬送されたことを知った時は、彼女の両親を除いて1番早く病院へ向かったほどなのだから。


「……だったら分かった」


 剱は親友の気持ちを汲み取ると、それ以上は何も言わなかった。









 高校から数十m離れたビルの屋上。

 そこには黒いローブ、黒い長ズボン、黒いブーツと黒尽くめの服装をした人物が2人。

 1人は長身痩躯の20代後半、もう1人は小柄で太っている壮年だった。

 そして彼らは、双眼鏡を使って入学式の観察をしていた。


「次はあれですかぁ。【賜り者タマワリモノ】が生まれたらそれで良いですしぃ、生まれなかったら【教団】に要らない人間が死ぬだけでどっちにしろ好都合ですねぇ」


 長身の男は目を薄めながら「ニタッ」と笑う。


「加減はしろ、浄火パイロ。お前はいつも【賜物タマモノ】で炭にするから、相手が【賜り者タマワリモノ】かどうか判断がつかん」


 小柄な方はパイロに念を入れる。


「すいませんねぇ、ついつい調整を怠ってしまってぇ」

「全く……なんでお前みてぇな野郎が教祖様に拾われたのか分かんねぇな……」

「僕もあなたも【賜物これ】によって、他人に差別されたり殺されかけたりした過去がありますしぃ……あの御方はそんな人々を救うからじゃぁないですかぁ、弾丸ボーラーさん?」


 パイロは自身の手の上の炎を見つめながら、敬愛する教祖様の気質を、ボーラーに話して聞かせる。

 彼も揺らめく赤色をしばらく見た後、「ハーッ……」と大きくため息を吐く。


「それもそうだったな……」

「では、そろそろ行きましょうかぁ」

「それもそうだな」


 ボーラーが「よっこいせ」と重い腰を上げると、2人は顔を隠すために複雑怪奇な模様を金色で刻印した黒い面をつける。


「今こそ宣教する時だ」


 その面の中から覗く目は、不気味に光っていた……







「では、これにて入学式を終わります」


 進行役の先生が式を締め括り、全校生徒はHRへ向かう。


「おい越、何か感じないか?」

「確かに……言われてみたらさっきから殺気を感じる……」


 そして、越が左の窓に目を向けた次の瞬間!


     《ドッゴーン!!!》


 すぐ後ろで火球が! いや! 火に包まれた男が5階建て校舎の3階に飛び込む!


「あら? しまいましたねぇ、勢い余って炭にしてしまいましたぁ。これじゃぁ判別のしようがありませんねぇ。それに着地点も2階下にずれてしまいましたねぇ。ま、良いですかぁ。もともと学校全体を襲撃する予定でしたしぃ、これぐらいの誤差は許容範囲でしょう」


 破壊した教室から出たパイロは、体を包んでいた炎を手に集中させると周囲に放つ!

 その炎は、先ほどの衝突から逃れようとして床に飛び込んでいた剱の上を通り過ぎ、他の生徒や教師を黒炭へと変えていく!


「「「「「「うわーーー!!!!!!」」」」」」

「「「「「「キャーーー!!!!!!」」」」」」

    《ジリリリリリリ!!!!!!》     


 朗らかな雰囲気に包まれていた学校が急転! 場所は叫喚地獄の警報音と悲鳴のデュエット会場へと成り代わる!

 個人の判断がつかないほどまでになってしまったを見た生徒は、パニックを起こしながら四方八方に我先にと逃げ出す!

 

 映画やTVなどのでしか、人が死んでいるのを見たことがないのに、でこれから共に暮らすはずの仲間が死んでいる!

 しかも、炎を自在に操る殺人者というあり得ない光景が広がっている!

 ここで平静を保てるのは、よほど肝が据わった者か異常者ぐらいだ!


「おい、意識はあるか? 大丈夫か?」


 自分の知っている日常とはかけ離れた惨状に、剱も騒がずにはいられないが、まずはダチ公を助けたい意思で体を動かし、冷静に声をかける。


「あぁ……大丈夫だ……」 

 

 2人はすれすれのところを回避したが、窓に近かった越はほんの少し炎に掠ったことで、背中に重度の火傷を負っていた。


「すまねぇ、もう少し早く言ってやれたらよ……」

「良いさ……そもそも躱しきれなかった俺が悪いんだ……」

「分かったからそれ以上喋るな。今すぐ逃げるぞ」


 越を担いだら近くの教室に隠れる。


「にしても、アイツは一体何だったんだ?」


 自分達の置かれた状況を整理しようと、独り言として疑問が口をついて出る。


「さぁな……ただ一つだけ言えるのはあいつはバケモンで……俺たちじゃまず……対処のしようがないって事だけだ……」

「『喋るな』つってんだろ?」

「そうだったな……とりあえず……お前だけでも……向こうのベランダから逃げろ……」


 痛みにうめきながらも、越は剱を逃そうとする。


「何言ってんだ! みすみす親友ダチ公置いて逃げろっつうのか!?」

「うるせぇ……声で相手に……位置がバレる……良いか……俺の事……親友ダチ公思ってんならよ……ここでお前も……焼け死ぬのは俺にとっちゃ……辛いんだってこと……伝わるよな……」


 さっきまで担いでいた時と比べ、段々と声がか細くしわがれて、越は途切れ途切れに話す事しか出来なくなっている。

 聞き取り辛いそれに意識を向けながらも、どうしようもできない己の情けなさと無力さに、剱は腹を立てて唇を噛む。


「だからよ……俺に対して……すまねぇとも思っているんだったら……必ず時雨を……助けてくれねぇか……それでさ……今の俺にゃ十分だよ……」

「っ……!」


 一瞬だけ躊躇する。一瞬だけ。


「あぁ……分かったよ……絶対に時雨は必ず助けてやる」


 剱は1秒も無駄にしないよう、ダチ公と約束を交わせば、颯爽と火の手の回っていないベランダから下へ飛んだ。


「へっ……最後まで面倒見の良い事で……」


 そこにパイロが教室に入ってきた。


「おやおやぁ? 声がするものだから帰ってみたらぁ……やはり居ましたねぇ」


 仮面の奥で越を見下ろす視線はとても冷たく、蜚蠊ごきぶりなどの汚らわしい物を見るような目をしている。

 越は指1本も動かせずとも《キッ》と視線を向けて対抗する。


「一体……この学校を襲って……何がしたい……」

「ほー、死の間際にいるのにその胆力、実に惜しいですねぇ」

「良いから……質問に……答えろ……」

「イヤですよぉ。見たところ神に選ばれなかったようですしねぇ」

「何言ってんだお前……頭でも狂ってんのか……?」

「とりあえず、これ以上のおしゃべりは時間の無駄なのでさようならぁ」


 『狂っている』と言われ、「的外れですね」「失敬な」「その通り」など一言も返さず、パイロはそのまま淡々と手をかざし、一抹の慈悲なく火球を放つ。


(あぁ……これで死ぬのか……)


 諦める彼の目の前には、火球ではなく、これまで過ごしてきた17年間の思い出が駆け巡る。







『助けてくれてありがとうございます……』

『良いって、アイツらはここいらの悪ガキの中でも、小6だからって威張ってたクズだったからな』

『俺もセートーボーエイってやつでゴーホーテキに殴れたからやっとスカッとできた』


(すげェな……これが走馬灯ってやつか……そんで俺が今見てるのは、初めて時雨と会った時の記憶か……そうだったなぁ……あいつはずっと気が弱いし、体も弱いし、外見も俺たちとは違ってたからいじめられてたもんなぁ……)


『皆さんのお名前は?』

『俺は界進カイシンエツ、こっちのデカいのは大嶽オオダケツルギだ』

『よろしくな! にしてもよぉ、オメェ弱っちいなぁ? そんなんで大丈夫か?』


 剱は小3とは言えどもまだガキだったので、年相応の無邪気さと悪気無さを発揮する。


『それは、わたしは生まれた時から体が弱くて……あまり動くことも無くて……だからお父様に「1人で最寄りの公園に行かせてください」って挑戦したくて……』


 時雨の目元に、大粒の涙が溜まりだす。

 ついさっきまで自分より一回りも二回りも大きくて力が強い存在に、しかも3人がかりでイジメられていたのだ。

 彼女の心にその恐怖がまだ残っても、何もおかしくはない。


『そいつは悪かった! すまん! ただそういうことなら、今度からは俺たちと一緒に遊ぼうぜ!』

『そうだな。またイジメられたらいつでもどこでもすぐに助けられるし、良い考えだ』

『ということでよろしくな! ええっと……聞いてなくてこれまたすまんが、名前なんだっけ?』

天田テンダ時雨シグレです……よろしく……よろしくお願いします!』









(さっきまで諦めてたんだがなぁ……これ見ちまったら諦めたくねぇなぁ……自分勝手だけど……生きたくなっちまったなぁ……)


「俺は……あいつが元気な姿を見るまではよォ……!!!」


『死ぬ訳にはいかねェなァ!!!!!!』


 黄色いスパークが迸りながら越自身を包み、舞い上がった風が火球をさらう!


「何です!?」


 思いもよらなかった出来事に、パイロは後退りをする!

 だがそれと同時に、死に体の青年の変貌が何によるものなのかも把握し、あまりの興奮からいつもの口調を忘れる!


「貴方、【賜物タマモノ】を神から頂いたのですね! これは実に良かった! まさに好都合! 棚からぼたもちって奴です! では今から、貴方をできる限り無傷で捕らえます!」

「何を言っているのか分かんねェがよォ……」


 熱風の中で、越はゆっくりと立ち上がる。

 風が止んで炎が四方八方へ飛び散ると、五体満足で姿を現す。


 どこからともなく湧いてくる力に加え、身体中の火傷が傷痕も残らずに完治した事に戸惑いはあるものの、そんな瑣末さまつな事よりも優先するべき事が、この場で直感で理解できた事が、彼には1つだけあった。


「お前は今、ここでぶっ倒す」


 言うや否や、距離を詰める!


「速──」


 ここでパイロの意識は途切れる。

 彼には反応できない速度で、越の強烈なアッパーカットがぶち込まれたのだ。

 その1撃で宙を飛び、床へ体を打ち付けた。


「……フゥーッ」


 目の焦点が向こう側へ行きながら横たわる訝しい男を前に、越は大きく息を吐く。

 自身の体に違和感がないかどうか、ゆっくりと全体を見回しながら動かし、一通り済ませれば(問題は無いようだな)とうなずいた。


「とりあえず、俺の身に何が起きたのかは置いといて……こいつに答えてもらってない事が山ほどあるし、一緒に連れて行くとしますか」


 パイロを肩に担ぐと、越はその場を離れた。

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