探偵と商店街の祠について(後編)
夕方になって、規制線が外された頃、
帰り道の畑瀬は妙なものを見た。祠に亡くなった彼を偲ぶのか大量の供物があった。
急いで畑瀬は稲荷丸に連絡をした。
3コールほどで彼は出た。
なんですか、と彼は言う。
「あ、稲荷丸さん。今日も誰か死にます」
彼は興味がなさそうにあ、そう。と言った。
「ロープのあれ、今日やった方が」
彼は欠伸をしているのか、
ふわあと声を出している。
「聞いてるんですか」
挙げ句の果てに彼は鼻歌のようなものを
歌い始めた。
ねえ、と強めに言ったあたりで、
『君は祭りを明後日だと言ったね』
はい、畑瀬は答える。
『もし魂の鎮魂を望む祭りだとしたら、
それは亡くなってからだ』
はあ、と畑瀬は声を出す。
『じゃあいつ殺された?』
「今日、ですかね」
『エクセレント』
彼がたまに言う決め台詞のようなものだ。
「じゃあ今日」
『またうんさか生贄が出る』
「話が脱線して聞けなかったんですけど、
何をするつもりなんですか」
『会長のジープを借りた』
え、と再び頭を傾ける。
ジープとは車のジープである。
『それじゃ』
と彼の電話は切れた。
何か出来ることはないか、私に出来ることはと辺りをうろうろしていると着信が来た。
稲荷丸だ。
『あ、メグちゃん、今日の19時45分にあの場所に来て、祠んとこ。じゃあね』
とすぐに切られてしまった。
何故時間が指定されているのか、私には分からなかった。思えばこの商店街、夕方になってからやけに人が減った気がする。これが夜になると、その答えは明確だ。畑瀬は約束の時間まで、近くのレストランで食事をした。なるべく1人で外食はしないと決めていたが、家に帰る時間もなかったので。その理由としては外でひとりでにご飯を食べると寂しく辛いからだ。
そんなことを考えていると19時半を超えていた。
彼は一体何をする気なのか、
そう思いつつあの場所に足を運んだ。
しばらくすると彼の乗ったジープが
目の前を通り過ぎた。
十字路だとしよう。その右上の角に祠がある。
祠の場所の前には横断歩道がある。
その左側の道路に彼はジープを停めた。
「お待たせしたね」
と彼は人の車を颯爽に降りる。
なんだこの人はと思ったがすぐに納得した。
やはり標識ロープを持って、彼は解き始めた。
畑瀬は彼に近づいていく。
「警察官、2人見張りがいますよ」
ああ、と彼は言った。確かに左右方向を
確認するように見張りが立っている。
「君に仕事だ」
仕事?
「困ったちゃんになってほしい」
「あの、言ってる意味が」
「馬鹿になりなっていつものように」
ムッとしたが堪えた。馬鹿になればと。
やはりムッとする。
畑瀬はその片方の警察官の方へ向かう。
近づいた後に、ピアス落としちゃってと
困った表情を見せる。
「え〜見ませんでした〜うそ〜、やば〜」
などとぶりっ子のような
彼女を見て稲荷丸は笑った。
それを片目で見た畑瀬は
稲荷丸をぎっと睨んだ。
そのピアスを落とした騒動は
もう1人の警察官へと伝わり、
彼らは物陰のある方へと行った。
今だ!と稲荷丸はロープを
両腕で守って走り出す。
くるりくるりとロープを巻き付ける。
時計回りにぐるぐると。
警察官の1人の背中が見える。
それまでにまた逆の方からくるりくるりと。
商店街の道に置かれた2本の標識ロープ。
不自然極まりない。
彼は再び車へ戻る。車の前方にある二箇所の牽引フックに丸を作ったロープを二重で引っ掛ける。ロープはあらかじめ長さを測って切り落とした。
「ないですね〜やば〜」
などと畑瀬が言っていると、
稲荷丸が予想していた通りのことが起こった。
商店街の向こう側、こちらから合わせて10名ほどだろうか、二列をなした老若男女が歩いてくる。それは死んだ目をしていた。
何かに操られているように。
すいません、と声がして
彼女はこちらへ逃げてきた。
彼女も気づいたようだ。
稲荷丸は運転席に乗り込む。
彼女は運転席の窓の外で「もしかしてあれ、」と言った。その時だ、先ほどの警察官が、
「え、なにロープ巻いてんの、ダメでしょ」とこちらへ向かってきた。
「ちょっとこら」ともう1人が言う。
老若男女は足を止めることなく
こちらに向かってくる。こちらに。
「こら、犯罪だよ何やってんの」
と問われつつも彼はそれを無視し続ける。
「ねえ、やっぱり間違ってますよ稲荷丸さん」と彼女が問いかけると、警察官が
「お前らグルだったのか」と声を荒げた。
あたかも冷静な声で稲荷丸は、
人が死にますよ。と言った。
そろそろ前方にいる2人が目の前に着いた頃だ。「畑瀬ちゃん、
あの横断歩道、人を渡らせないようにして」と稲荷丸は畑瀬に言う。畑瀬は駆け出した。
「外して、ロープ」と1人の警官が必要に付き纏う。危ない、と彼女が声を漏らす。
ちょっと!
と1人の警察官が石の方へ駆け出した。
1人目が頭を打ち付けようとする。
稲荷丸は思いっきりアクセルを踏んだ。
ギアはバックに入っている。
軋む音を鳴らして車は急激に
後ろへと走り出した。
その反動で石はぐわっと奥に動き出し、影響は祠までにも及んだ。祠はまるで形がなかったかのような荒れ様だ。頭を叩きつけようとした人物は警察官に抑えられながら正気を戻した。
「え、どうして、どうして」
周りの老若男女も正気を取り戻したようだ。
稲荷丸は頭を抱えている。
彼も正気を取り戻した。
祠まで壊しちゃった。
畑瀬は駆け寄ってくる。
「どうしてこの時間だとわかったんですか」
「ウィキだよね」
おそらくネットの情報である。
彼はその後少しのため息をついた。
「よかった、死人が出なくて」
それよりも、と畑瀬は言う。
「志津子の呪い、やばくね〜」
先程のアレだ、と思ったら少し笑えてきた。
あまり似合っていないということを
言いたいのだ。
彼女は壊された祠に近づいていく。
車には怒りを見せた警察官が2人近づいてくる。
「危険運転、署までご同行を」
はあ、と彼はため息をつく。
「俺今から呪われるんすよ」と言いながら。
待ってください!と畑瀬が言う。
これ、と何かを見せている。白い紙?のようなものだ。それは歴史を物語るかのよう古く萎れた紙だ。
「祠の中に入ってあったんです。
志津子って書いてあります」
それがどうした、と警察官の1人が言う。
「私はいくら願っても願ってもあの人は変わらなかった。多分私はあの人にいつか殺される。殺されてしまう。だからその前に、この祠を誰か、誰か壊してって、書いてあります」
近づく彼女からその紙を受け取り、
中身を確認する警察官。本当に書いてある。
「被害、防げましたかね」
と稲荷丸は自慢げに言う。
納得した警察官もやはり譲れず、
「いや、いや来てもらう」と言った。
「そんなんはいいよ」と誰かの声がする。
ハッとそちらの方向を見ると箕輪がいた。
あ、箕輪さんと2人の警察官は頭を下げる。
「多分事故は防げた。
通行人にも被害はないから今日はいいよ」
と箕輪は大きく肩を開いて言った。
しかし、と切り出す警察官を
箕輪は目で黙らせた。
「ありがとう、稲荷丸くん。やってくれると思っていた。誰かの悪戯でお供え物はしないでって注意書き取られちゃったみたいでさ。
祠、壊れちゃったけど
志津子?って人満足だと思うわ。
大層スッキリしたと思う。多分大丈夫だ」
と笑いながら箕輪は言った。
かく言う稲荷丸と畑瀬はなにも言えずにいた。
「処理は私たちでやるから、君たちはもう帰りなさい。ロープは外させる」
と帰るように促した。
片方の警察官が前方に巻いてあるロープを外す。
「次の怪事件もよろしく頼むよ、一つ、
すぐにでも解いてほしい事件があるんだ」
と箕輪は言い、祠の方へ向かって行った。
畑瀬が助手席に乗り込み、ロープは解いてくれたようでアクセルを踏み、商店街から出た。
「多分、呪いは大丈夫です」
少し無言の空間に畑瀬は言う。
「満足かな、志津子さん」
「おそらく。すごく物理的でしたね。
物理でしかなかったですね。そういえば
稲荷丸さんって、視えるんですか?」
少しの間が開いた後に彼は言った。
「視えるよ。今もいる、後部座席に誰か」
と稲荷丸はルームミラーをじっと見る。
「志津子じゃん」
え、うそ、と慌て出す畑瀬。
志津子は柔らかく微笑み、深くお辞儀をした。
それからすぐに消えてしまった。
車をゆっくり走らせながら
「大丈夫だ」と稲荷丸は言った。
畑瀬には見えなかったようだ。
「私もいつかは視えるようになるんですかね」
「多分、なる、適当」
この人はやっぱりこういう人だ、
と少し畑瀬は口角を上げた。
「昨日はお疲れ様でした」
と何かを訴えるような顔で会長は言う。
眉をくい、くいと上下に揺らすように。
「何か言いたそうですね」と空気を読まない稲荷丸は余計に沸点を上げる。
「うんうん、稲荷丸くんさ、稲荷丸くん」
といつまで経っても言わないので、畑瀬は急かすように「なんですか」と言った。
「片方ね、片方ないのよ」
ん?と稲荷丸と畑瀬は頭を傾ける。
「牽引フックが、ひとつないの」
じゃあ買ってきますね、
と稲荷丸は立ち上がる。
そういう問題じゃなくて、
と会長は手を前に出す。
根本的に彼は何かが抜けているのである。
そんな空間に2回ノックが聞こえた。
扉を2回叩く音。
会長がはい、と答えると。
小学校高学年ほどの歳だろうか、
少年が入ってきた。
「依頼したいです。お願いします。
透明人間に殺されます」と彼は言った。
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