探偵と商店街の祠について(中編)
「祠に供物をしたからですよ」
え、と稲荷丸と畑瀬が驚いた。
「それって、いいことのはずじゃ」
と畑瀬が言った。
「逆なんですよ。
志津子の怒りを買ってしまいます」
とマスターは鍋に火をかけた。
ぐつぐつと静かながらに音がする。
「そんなことあるんですね」
「人の幸せを呪うのか」
と再び稲荷丸は珈琲を啜った。
「確かに添えられてましたね、熱燗の酒」
「書いてあるはずなんです、注意喚起が」
マスターは布巾を畳みながら言った。
「不審死か」
「何か手掛かりはありますかね、
それを立証する方法」
と畑瀬は彼に尋ねた。
んーっと彼は悩んだ末にこう答えた。
「いやいや霊がやったことなんて
証拠が残るわけない」
と彼は否定するように言った。
じゃあと畑瀬は問いかける。
「証拠は掴めないってことですよね」
いいや、と彼は思い立つように口に出した。
「志津子を捕まえるんだよ」
何を言っているんだと畑瀬とマスターは驚く。
「物理的にじゃない。それを止める方法」
「何をするんですか」
「石を壊す」
な、何をと今にも言い出しそうなマスター。
「本気で言ってるんですか」
うん、とあたかも普通のように彼は言う。
「そんなことしたら志津子の呪いを
買ってしまいます」
マスターはカウンター越しに頷く。
「そんな酷いことはしないよ」
「いや大事になります。
絶対やらない方がいいです」
「じゃ何する?これ以上人が死んでもか?」
「警察の許可、取らないとですよまず」
「君はいつもいつも警察頼みだ、
もっと探偵の自覚を持った方がいい」
と説教じみたことを言う。
少しの沈黙の後、畑瀬は言った。
「それを言ったら、稲荷丸さんだって。だらしないですよ。まだ組んで1ヶ月ですから言いますけど、本当にだらしないです。モテないです」
頭を掻きむしる稲荷丸。
「モテないだと、、?」
はい、と畑瀬は頷く。
「俺はモテる」と稲荷丸は手を広げて言った。
「じゃあ稲荷丸さん、何か探偵らしいことしてくださいよ」彼女は憤怒を抑えることなく
それを放った。
「ナポリタン食うか」
とやっと隙に入れたようにマスターは尋ねる。
2人は同時に頷いた。
しばらく無言の空間が生まれたのち、
トマトのいい香りがし始めた。
包丁で何かを切る音がとてもいい。
「何をするにも何かを食べないと」とマスターは不意に呟いた。
しばらくしてナポリタンは目の前に並んだ。
「私のところはね、
角砂糖が一つ丸ごと入ってるんですよ」
甘さの解釈ができなかったが、稲荷丸は片手を前に出し、いただきますと言った。続けて私も手を合わせた。食べ始めた稲荷丸は、
「さつまいも!さつまいも入ってるんですね」と言った。
「とことん甘いですよね、私甘党なんで」
稲荷丸はもぐもぐしながら俺もです、
俺もと言った。
しばらくして私たちは食べ終わり、席を立った。
「それではお気をつけて」
とマスターが告げると、
「経費で」と稲荷丸は片手を上げた。
2歩前を歩く稲荷丸に
ナポリタン美味しかったですねと言った。
稲荷丸は深く頷いた。
やはり怒っているのかと畑瀬は謝罪した。
彼は前を向いたまま俺もと言った。
畑瀬は少し微笑んだ。
「それで、どうする気ですか」
「石を優しく壊す」
まったくこの人はと、止めに入ろうとした時、ある店のシャッターに
貼られたチラシが目に入った。
「この祭り、御霊ふり祭りって」
と畑瀬が言った途端、彼は振り返った。
「やっと気がついたか。志津子を鎮めるんだ」
日付を見ると明後日だ。
「明後日の土曜日までに」
「きっと志津子はまた現れる。
確証はない。適当」
彼はそのままホームセンターに入っていった。
「ホームセンターで何を買うんですか」
「志津子用」
「の何を」
「なんでもいいじゃん」
と彼が足を止めたのは標識ロープ。
黄色と黒の細いロープだ。
きっと誰しもみたことがある。
「100メートル巻きしかないのか」
彼はそう呟き、蜷局を巻いたようなロープをレジへ持っていった。店を出る。
「ロープで何をするんですか?立ち入り禁止?」
「いやいや、やればわかる見ればわかるやって見ればわかる」と彼は答えた。
向こうから見覚えのある男が歩いてくる。もう1人誰かいる。先程の箕輪と、誰かだ。
「やあやあまた会ったね」と背丈の大きく肩が広い箕輪は私たちを交互に見た。首をひょいひょいと曲げる彼、これは会釈だと捉えていいのか。
「稲荷丸くん、最近はどうお過ごしで」
「普通ですね、箕輪さんは」
「私は変わらずね、おっと、彼は新人の刑事、佐伯健三くんだ」
彼は再び、首をひょいひょいと曲げよろしくと言った。変な人だ。
彼は通り過ぎようとしたのか、近づこうとしたのか稲荷丸に近づいた。
「余計なことはしないように」
そう言った後、それじゃあと彼らは去っていった。
彼らの背中が少ししか見えなくなってきた頃、稲荷丸は何かを決めたように言った。
「よし、壊そう」
何が起きるのか私には分からなかった。
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