探偵と超自然怪異譚
雛形 絢尊
探偵と商店街の祠について(前編)
強く叩きつけるような音が3回聞こえた。
強く強くそれは強く。
それは不愉快極まりないほど嫌な音だ。
人もない路地、シャッター商店街のとある角。
その大きな石に頭を打ちつける男性。
まるで取り憑かれたようなそのふらつき様は
とても気味が悪かった。会社員の男性であろうか。片手に仕事鞄を離さず持ち、ふらついては頭をぶつけ、またふらつく。また鈍く重い音が鳴り響く。
「どうですか、稲荷丸さん」
稲荷丸はデスクに片肘をつけ、
へえ、とだらしない返事を返す。
天然パーマで所々が破けたロングTシャツを
着ている。彼のデスクにはありとあらゆる資料と、飲みかけて線の残ったコーヒーがある。
「おかしいと思いませんか」
と畑瀬は彼に言う。
「おかしいと思う」
その窶れた返事は畑瀬の沸点に触れた。
「ああもういいです、1人で行ってきます」
と彼女は自分のデスクの周りを片づけ始めた。
「いいですよね、会長」
彼女は奥にいる坊主頭の男性に声をかけた。
会長というのは元々空手道の師範をやっていたということからあだ名が会長になったのだ。
師範で良いはずが、会長になった。
「あ、いいよ」と軽い返事をもらい、
彼女は再び「もう」と言った。
「あ、いいよじゃないんですよ。あ、いいよじゃ」
ぼつぼつと独り言を言いながら彼女は靴を履き替えた。
「じゃあ畑瀬、行ってきます」
と彼女は玄関のドアを開けた。
いってらっしゃいと男どものだらしない
返事を聞いて彼女はまた苛立ちを堪えた。
「女子って難しいですね」と会長は言う。
「そんなもんですよね、なんか怒ってるし」
「多分、多分ね、怒らせたのは君のせい」
と会長は蛇口の水をポッドに入れた。
徐々に貯まる水は重さの如く、
少しずつ会長の腕が下がる。
「会長って、本当に会長だったんですか」
ぎくっと会長が分かり易く驚いた。
「うそ」
「んまあ、ここまできたら
誤魔化せないじゃない」
とまったくの嘘だった。空手をやっていたのは本当らしい。水を止めた。
「いや、あんな可愛い子が
信じちゃってるから」
遮断する様に、
「狙わないでくださいね」
と辛辣な答えを返した。
ここは個人経営の探偵事務所だ。
表の名前は角田探偵事務所で、
裏の顔はオカルト探偵事務所「茶会」である。
探偵事務所と謳っているが、
探偵は誰1人いない。
何故茶会なのかというと、少し前に会長である角田が"社会"と"茶会"を言い間違えたことがきっかけだ。
「茶会保険ってなんですか」と真顔の稲荷丸に言われたのをまだ根に持っているらしい。
主に怪奇的な事件を自身の解釈で解決する。
それはあまりにも身勝手で、
とにかく勝手にやっている自称"探偵事務所"だ。
畑瀬は1人でに商店街を歩く、
でもおかしいな、と独り言を漏らしながら。
やはり、大勢の警察官がそこにいた。
彼女は恐る恐るその輪に入ろうとする。
「また君かね」と背後から声がする。
「箕輪さん」
彼は警視庁の箕輪亮治。
以前、ある事件で顔見知りになった。
「相変わらず?」
「んまあ、はい」
「会長、は?」
「相変わらずあんな感じです」
そうか、と彼は現場の中に入っていった。
もちろん畑瀬は現場には入ることができない。
それにしても変な事件だ、と畑瀬は考える。
一回だけではなく、何度も頭をぶつける。
不自然である。不自然であるのは
この事件についてこんなにもわかっていることがあるということだ。
この商店街を管轄する会社から
この依頼が来たのだ。
要は防犯カメラに全てが写っている。
何度も、何度も思い出す。
その場面が頭に焼き付いている。
午前3時の商店街には人はいない。
目撃者もいないため、不可解な点が多い。
ふと後ろを振り返るとポケットに手を入れながら稲荷丸が来た。
まるでコンビニに行く様な格好だ。
ロングTシャツに半ズボン。サンダル。
「今、夏ですよ」と畑瀬は言う。
「日焼け」
彼の言動は至ってシンプルだ、
と畑瀬はまた思った。
「で、ここが現場ね」
「そうなんです、でも思い当たるものがなくて」
「まあそうだね、調査しがいがないな」
と彼はあちこちを見ながら言う。
「めぐちゃん、喫茶店行こ」
と彼は突然言い出した。
めぐちゃんとは名前である芽組からとったのであろう。急に言われるといつも驚く。
「え、この事件は」
「この事件を知ってる人は、この商店街に昔からいる人だと思うよ」
そう言われ、返答の余地がなく
私は彼についていった。
この商店街の外れにある
『双葉』と書かれた喫茶店。
確かに昔からあるが、訪れたことはなかった。
ちりんちりんと玄関を開けると音が鳴る。
いらっしゃいと白髪頭でエプロンをつけた男性がいる。この店は奥に広くて、いくつかのテーブル席があったが、彼はカウンター席に腰をかけた。
いらっしゃいと男性が言うと
彼は少し会釈をした。
少し経ったのち、彼は珈琲を頼んだ。
私も続くようにアイスココアを頼んだ。
しばらくして私たちの目の前に
それらは並んだ。
マスターと稲荷丸は声をかける。
なんでしょうとマスターは答える。
「事件のことはご存知で?」
ええ、と答える。
「何かこの近辺で、都市伝説というか、
怖い話を聞いたことは」
ちょっとと畑瀬は止めようとする。
「私もそうだと思いましてね、人に話すべきかとは思っていたんですけど」
マスターは少し躊躇っている。
「聞かせてください」と稲荷丸は彼に言う。
少しの間時間が経ったが、
マスターの口が開いた。
「志津子の呪いです」
しずこ?と私たちは困惑する。
「昔ですね、あそこの現場の祠の後ろに志津子という女性が住んでいる家があったのです。おそらく、彼女の家の私有地にあったのではないでしょうか。
道祖神、とはまったく違うものを祀っているみたいで。結局私たちも何を祀っているのかは」
稲荷丸は一口珈琲を啜る。
「でですね、
祠の前にある大きな石の話をします」
「夫婦石」
と稲荷丸が口走る。
「よくご存知で、その話をします」
そう置いた上で、マスターは再び話し始めた。
「あの夫婦石は彼女の亭主が彼女の頭を叩きつけて殺した場所なのです」
私たちは再び困惑した。
「出来の良い嫁ということは知れ渡っていたそうです。しかしながらそれ以上を求めていたそうです。
毎晩のように彼女を殴りつけ、罵詈雑言を浴びせ、挙げ句の果てに殺してしまったそうです」
畑瀬は口をぽかんと開けていた。
「畑瀬、口開いてる」
恥ずかしさと驚きで口が開いたままであった。
「あの夫婦石、よく見てみてください。亀裂が入っているんですよ」
やはり、そんなことがと2人は思った。
「今朝の彼は何をしたのでしょう」
と稲荷丸は尋ねた。
「禁忌ですよね。それは、」
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