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二本目のビールを空けた茉莉花は、空き缶を膝に乗っけてバランスを取りながら、軽く伸びをするみたいに身体を伸ばした。
「なんだか私、話し過ぎちゃったみたい。お兄さん、聞き上手ね。……ねえ、お兄さんは? ここまでくるまでに、お兄さんには、なにがあったの?」
なにが? 紘一は少し考え込んで首を傾げたが、すぐに正直に答えた。
「なにもないよ。あなたがいるだけ。」
紘一のこれまでの人生には、なにも劇的なことはなかった。ただ、ごく普通の家に生まれ、ごく普通に育ち、ごく普通に暮らしている。初恋の記憶もあいまいだし、母親が蒸発したこともなければ、ヒモを食わせたこともない。本当に、ありきたりのプロフィールだ。そしてその先に、茉莉花がいた。
紘一の言葉を聞いた茉莉花は、軽く眼を見開いた後、くすりと笑った。
「なあに、それ。結構な殺し文句ね。」
「え?」
「あなたがいるだけ、なんてさ。」
そんなこと、言われてみたかったな、もっと早くに、と、茉莉花は長い息をついた。
「ずっと、私は誰かにとっての、あなた、ではなかったからね。初恋のひとにとっては、母親の娘でしかなかったし、オーナーにとっては食わせてくれる女でしかなかった。恋人がいたこともあるけど、いつも長続きはしないし。まあ、私が悪いんだけどね。」
「悪いって、なぜ?」
「忘れないからだろうね。昔のことを。それに、どうせ私は踊り子だから、釣り合う男もいないしね。」
紘一は、彼女の言葉を否定したかった。あなたが悪いわけではないと。昔のことを忘れなくても、ストリッパーであっても、それは決して悪いことではないと。でも、そのためには紘一は、彼女を知らなすぎた。彼女が語ってくれた過去のいくつかの場面と、劇場に通い詰めて見つめた彼女の踊りと身体。それしか知らない。それだけで、なにをどうすれば今彼女にかけるにふさわしい言葉が見つかるだろうか。それに彼女は言ったのだ。もっと早くに、と。紘一では、遅すぎる。もっと早くに彼女は誰かからの言葉を望んだのだ。今、紘一からではなくて。
黙り込んだ紘一と、苦く微笑んだ茉莉花は、しばらくそうして向かい合っていた。紘一はずっと、茉莉花にかける言葉を探していた。すると茉莉花が、微笑んだまま言った。
「なにも言ってくれなくていいのよ。」
それは、紘一の心を読んだみたいに。
「なにも言ってくれなくていいの。話、聞いてくれてうれしかった。誰にもこんな話、できないから。ずっと、誰にも話さないできたの。この街では。誰も聞きたくないでしょう、こんな話。でも、お兄さんが黙って聞いてくれたから、すごくうれしかったの。」
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