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どきりとした。さらに、自分の身が硬くなるのが分かる。いたずらっぽく、茉莉花は唇に細い指を当てて笑った。
「なんで、わざわざ地元で?」
どきどきと弾む心臓をなんとかしようと、紘一はそんな問いを投げかけてみた。茉莉花はこくこくと白い喉を鳴らしながらビールを飲み、軽く肩をすくめた。
「流れよ。ほんとに。」
「流れ?」
「そう。父親は生まれた時からいなくて、母親はストリッパーだった。その母親が、私が15の時に駆け落ちしちゃってね。信じられる? 私の同級生とよ? それも、私の初恋の人。」
缶ビールをすっかり飲み干した茉莉花は、すらりとした長い脚で立ち上がり、台所に入って行って、すぐに缶ビールをもう一本持って帰ってきた。
「もらっていい?」
「もちろん。」
「優しいのね。」
「うちにあっても、俺、飲まないから。」
「そうなの?」
それはいいことね、とプルタブを開けた茉莉花は、座椅子の上に膝を抱え直した。
「一人になっちゃって、どうしていいのか分かんなかったときに拾ってくれたのが、母親が働いてた小屋のオーナーだったの。三年間、食わしてくれたわ。で、私が18になったら、選手交代。私が小屋で働いて、その人食わせてたの。で、三年経って、恩は返したなって思って、家出みたいに上京してきたわ。それで、ここのバーでやってるの。」
「……好きだったの? その、オーナーさんのこと。」
「好きとか嫌いって話じゃなくて、恩よ。お兄さんみたいなひとには分からないと思うけど、食えないときに食わせてくれたひとの恩って言うのは、なにより深いの。」
茉莉花は大き猫目を細め、ちょっと懐かしそうな顔をした。そして、小さく首を傾げる。
「でも、ちょっとは好きだったかな。分かんないな。でも、ちょっとだけね。そのひと、18まで手は出してこなかったんだけど、その間ずっと父親みたいにしててくれたわ。懐かしいな。ご飯作ってくれて、髪とか乾かしてくれて、茉莉花、茉莉花っていつも構ってくれてたわ。」
「……本名なんだ。」
誤魔化すみたいに、紘一はそんなどうでもいいようなことを言った。動揺していたのだ。茉莉花が、ちょっとは好きだった、と言った、そのときの柔らかな表情に。
「そう。もう、本名知られて困るようなこともないしね。」
茉莉花はそう言って、からりと笑った。紘一も合わせて笑ったけれど、上手く笑えていないことは自覚していた。
これは、嫉妬だろうか。今日はじめて口をきいた、遠すぎるうつくしい踊り子への。
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