「いや、」

 お礼なんて、いい。

 それ以上の言葉は出なくて、紘一はもどかしくなった。茉莉花は多分、紘一が茉莉花と距離を取ろうとする理由を誤解している。茉莉花が踊り子だから、というところまでは合っているが、その先が違う。踊り子だから、汚いと思っているとか、そんな話しではない。踊り子だから、あの舞台を見てしまったから、触れがたいのだ。それは、あまりにも遠く、手の届かない存在を仰いでいるのと同じで。

 舌がもつれて、もつれて、出てきた言葉はみっともなくこんがらかっていた。

 「俺、舞台、あなたの、好きで、いつも、だから……、」

 だから、触れられない。

 大事なのはそこなのに、そこは言葉にできなかった。躊躇いばかりが、舌を覆って。

 しばらく黙って紘一を見ていた茉莉花は、やがて、にこりと笑った。

 「ありがと。」

 伝わった、と思った紘一は、安堵した。お兄さん、やさしいね、と、茉莉花は笑うのだから。

 「18から踊ってるの。もう、10年近くね。お兄さんみたいに言ってくれるお客さん、いなかったから、嬉しいな。みんな、踊り子とやれるもんならやってみたいもんだと思ってた。そんなもんでしょって。」

 「お客さんと、よく?」

 思わず訊いてしまってから、失言だと気が付いた。紘一は自分の言葉をかき消そうとしたけれど、もちろんそんなことはできない。茉莉花はわたわたする紘一を見ても笑みを崩さず、軽く肩をすくめた後、さらりと頷いた。

 「こっちのお店に移って来てからはほとんどないけど、前に地元の温泉街で踊ってた時はね。」

 口紅を落とした、薄い唇はまだ少女じみても見えたけれど、彼女の口ぶりは、5、6歳は年上の紘一を圧倒していた。

 「それも仕事の内だと思ってたし、やけにもなってたわ。もう、どうにでもなれって。地元だから、私のこと知ってる昔の同級生なんかがたまたま舞台見にきたりもするの。そういうときって、恥ずかしいのよ。私のこと全然知らない相手の前で脱ぐときは、なんとも思わないのにね。その恥ずかしさなんか、捨てちゃいたかったの。だから、知り合いと大勢寝たわね。後は、熱心に通ってくれるお客さんとも。なんか、やっぱり顔とか名前なんか知っちゃうと、恥ずかしくなってくるのね。そういうの、嫌で。」

 抱えた膝がしらの上に小さな顎を乗せ、彼女は紘一にちらりと視線をやった。

 「お兄さんがいるときも、恥ずかしいのよ、私。」

 

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