茉莉花は当たり前みたいな顔で紘一について電車に乗り込み、紘一とともに電車を降り、紘一のアパートまでついてきた。紘一は、ずっと戸惑っていたのだけれど、ついてくるな、とは言えなかった。相手は、あの茉莉花だ。紘一の胸の中に、見るたびに新たな火をつけて行く、唯一の踊り子。

 「ごめんねー、押しかけてきちゃって。」

 狭い紘一のアパートに、茉莉花がいる。座椅子に腰掛けて、紘一が出したビールを飲んでいる。それが、不思議で仕方がなかった。

 茉莉花に座椅子を明け渡したので、フローリングに直で座りながら、紘一は自分の緊張を押し隠すみたいにビールを飲んだ。酒は、強くない。ビールも、以前遊びに来た友人が置いて行ったものが、そのまま残っていた。

 「店の側に部屋借りてるんだけど、そこでお客が張ってるのね。もう、困っちゃって。カレシとも別れたばっかだし、帰れる実家もないしね。行くとこなくて、どうしようかと思ってたのよ。そしたらお兄さんが歩いてたから、ついね。」

 そう言って、茉莉花は屈託なく笑った。紘一は、大変でしたね、とだけ返した。それ以上の言葉が浮かばなかった。もともとそこまで喋る方ではないし、相手が相手だ。身体は硬くなっていた。そんな紘一を見て、茉莉花はけらけら笑った。

 「お兄さん、いい人なのね。踊り子相手にそんな緊張しなくていいのよ。」

 その言葉に乗っかった自虐的な色に、紘一は一瞬意識を奪われた。だから、その後に続けて茉莉花が放った、する? の二文字の意味を取り損ねた。 

 する? するって、なにを?

 茉莉花は笑っていた。笑いながら、紘一の顔をじっと見ていた。

 「することなんて、一個しかないでしょ。」

 「え、いや、」 

 「私、病気は持ってないよ。」

 「そういうんじゃ、なくて、」

 「じゃあ、なに?」

 なに、と訊かれると、答える言葉が見つからなかった。いつも、茉莉花の舞台を見にバーに足を運んだ。何度も何度も見て、脳裏に刻まれた茉莉花の裸体。真っ白い肌と、しなやかに動く手足。

 黙り込んだ紘一に、茉莉花は煙草の煙でも吐くみたいに笑った。

 「そうよね、嫌よね、お兄さん、まともそうだもん。踊り子なんかと寝たくないよね。」

 やはり、今度の台詞も自虐的に。

 座椅子の上で膝を抱えた茉莉花は、ごめんね、と、小さく微笑んだ。

 「お金、店にはいつも持ってかないことにしているから、今持ってないの。お礼、今度店に来てくれたらボーイにでも預けとくよ。」

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