第48話 大切なものなんだもん!
「……私が手を下すまでもないみたいね」
「え!?待ってくれテハヤ!助けて!」
「誰が助けるもんですか!巻き込まれたら怖いもの!」
ファトゥの爪が少しずつ食い込むような感覚に襲われながら、必死にその場でテハヤにこの手を伸ばす。
けれど当然、彼女が手を取ってくれるはずもなく救いの手は舞い降りない。
「リィ!」
「クゥちゃん、離れていようね〜」
『プゥ』
「リィさんクゥさん!?」
そそくさと足早に距離を置くリィとクゥ。これが、これが魔獣軍のやり方か…!
「勇者…良いやつだったにゃ」
「ファトゥ、何で永遠のお別れのような空気出してるんだ」
「お魚もくれたし」
アウェーな空気だったし、譲るしかなかったからね。そう思ったけど口には出さない、仕留められそうだし。
「パンチの練習台になってくれたし」
一撃でマットに沈められたな。しかも不意打ちで。
「ファトゥが飽きないよう楽しませてくれたにゃ…」
ただ揶揄われまくってただけなんだけど…いや碌な思い出ないな!?
「ファトゥ」
「ん?」
「そろそろツッコんでも良いか?」
「ツッコむだなんてそんな、勇者ったら大胆…♪」
「そういう話してないよな!?あと女の子からその手のこと言われたら、男としてどう返せば良いか分からないからやめなさい!」
「童貞だもんね」
「やかましい!」
何かと立つ瀬の無い俺は涙を堪えて空を見上げる。
憎たらしいほどの晴天は、そよ風と共に俺の涙を乾かしてくれるかのようだ。
「えっ貴方童貞なの?勇者なのに?」
泣いた。
「ァァァァァァ!!」
「あぁ!?勇者どこ行くの!ファトゥたちを置いてったら駄目にゃ〜!」
「じゃあねテハヤちゃん!また会おうね!」
『クゥ!』
「あっちょっと!?」
男としても勇者としても悲しみを我慢出来ず、俺はみっともない声を上げながらその場からサンカバルの方へと逃げ出した。
ファトゥやリィ、クゥも後を追ってきてくれる。
俺の心は、もふもふと悲しみの間で揺れていた。
「……私も初めてだから、気にしなくても良いけどって言いたかったのに。次は優しくてあげようかしら」
空のように蒼い瞳を去りゆく俺たちへ向けながらのテハヤの呟きは、風に吹かれて俺たちの耳に届くことはなかった。
〜〜〜〜〜
「流石にあれは効いたぜ…魔獣軍、爪や牙だけじゃなくて言葉まで鋭いとは」
「よしよし、辛かったにゃぁ」
太陽に真上から見守られながらもがむしゃらに走り続けていた俺たち。
暫く走り続けて漸く悲しみを全て、振り切るぜ!と置き去りにすることが出来たので木陰で休息を取ることにした。
因みに今は元のサイズに戻してもらったクゥに抱きつきながら、ファトゥとリィに背中を撫でてもらっている。
勇者といえど傷は負うもの。ちゃんと治療しなければな!
「でも勇者」
「何だいホワイトくん」
「リリーでも無いけど!?いや、テハヤちゃんとの勝負を逃げ出して良かったのかなって。折角仲間にするチャンスだったのに」
「仕方ない…あの場は俺の負けだった。でも次はきっと勝つさ!」
そのためにも心の傷を癒そう。次はきっと…。
「童貞を肯定しない!なんて」
「「は?」」
「ごめんなさい!!」
ギャグセンスも、鍛えよう!!
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