第37話 世界、一位です…

肩まで伸びる茶色の髪は濡れて艶やかに見えるのに、くりんとした木の実のような赤い瞳はあどけなさを感じさせる。


ベッドの上に座る俺より少しだけ目線が下なのは、前のめりという点を除いても彼女自身の背丈の小柄さ故だろう。


……バスタオルでかろうじて隠されているが今にもはだけそうで彼女の胸とリスの耳尾から目が離せない。


「こらぁ!ちゃんと髪も尻尾も乾かさないで、何してるにゃあ!?」


バァン!とお風呂場の扉を勢い良く開け放つファトゥさん。けれど、勿論その格好は。


「----いや君もバスタオルぅ!」


扇情的に濡れる黒髪や揺らめく尻尾、そしてバスタオル1枚で隠された端正なボディライン。


リィほどの豊かな胸部装甲は無いが、その分スラリとした華奢な手足も相まって1秒ほど心を奪われてしまった。


「ふ〜ん?」


しかしその一瞬で俺の動揺はリィに丸わかりだったようで。


含みのある笑みを浮かべると、手早くファトゥへと駆け出し…後ろに回り込んだ。


「リィ、どうしたの?」

「勇者」

「えっ俺?」

「はいっ♪」


リィは、両手でそれぞれのバスタオルを鷲掴みにした。


そして次の瞬間。


思い切り引っ張って…ファトゥとリィ、両方の生まれたままの姿を晒け出したのである!


俺の瞳孔が開き、刹那の内に彼女たちの艶姿ともふもふを反射的に目に焼き付けた。


「クゥ!俺を殴れ!」

『グゥ!』


更にファトゥが顔を真っ赤にして悲鳴を上げる前に、咄嗟にクゥへ顔を突き出し懇願。


迷わずパァン!と思い切り頰がひりつく勢いでクゥは殴ってくれる。


「「勇者!?」」

「フッ…世界、狙えるぜ…」


朦朧とする意識が徐々に薄れる中、内心ではクゥへの感謝とファトゥたちへの懺悔が交互に浮かんでいた。


〜〜〜〜〜


「おぉ勇者よ。破廉恥するとは情けないニャ」

「何という破廉恥な!?あれ、ここは確か」


目覚めると其処は、いつぞやの夢の中だった。


というか今の声って!?


「ま、魔王ミィ!」

「はぁい♪久しぶりニャ、勇者」


慌てて起き上がると、いつぞやのように美しい純白の髪と茶色と黒の猫又尻尾を揺らしながら魔王ミィがすぐ側で手を振っていた。


琥珀色の瞳を細める様はとても楽しそうで…本当に俺との再会を待ち侘びてくれていたのかもしれないなんて思ってしまう。


「また会えて嬉しい!いやまぁ、まだ2日3日程度しか経ってないけども」

「ミィももう少しは間を空くつもりだったんだけどニャ〜。勇者が可哀想なことになってるから…」

「いや、あれは何て言うか不可抗力で」


むふ〜と微笑むミィに、俺は何故か言い訳がましく返した。


「いやいや、あいつらの裸を見たことは問題じゃないニャ」

「へ?」

「今勇者の頭はきちんと拭かれてモッフモフな尻尾たちになでなでされてるニャ」

「うぉぉぉぉぉ何で今なんだぁぁぁあっっ!!」

「だから可哀想って言ったんニャよ」


ミィにやれやれと肩を竦められながら、俺はその場でのたうち回って絶叫する。


モフらせてくれよぉ!!俺が起きてる時に、ちょっとだけ!先っぽだけで良いからモフらせてくれても良いだろうに!?


「まだ信頼されてないのかニャ〜」

「やめてくれ!心に来るから!」

「もしかしたら男と見られてニャいのかも」

「鬼!悪魔!」

「魔王ニャ!」


ちょんちょんと頬を指で突かれ、俺が悶え苦しむ様を温かい微笑みでミィは見ていた。


「いや、もしかしたら今ならまだ間に合うかも!早く目を覚まさなければ!」

「させると思うニャ?」

「許してくれないニャ!?」


あまりの衝撃に彼女の口癖が移ってしまった。


「ミィに会いたくて会いたくて震えていたのにニャ〜もう帰っても良いのかニャぁ?」

「すまん!でも今ばかりは」

「ミィと向こうのもふもふ、どっちが好きニャ?」

「」


突然究極の選択を迫られ、思考が瞬く間に爆ぜてショート。


たっぷり1分ほど考えて…俺は涙した。


「もふもふをどれか一つに選ぶことなんて、俺には出来ないっ!!」

「血の涙なんて初めて見たニャ!?」


自分にはどうしても、ファトゥ、リィ、ミィ…三人のどれか一つのもふもふを選ぶことなんて出来ないから。


「因みにクゥはお腹の上ニャね」

「クゥ…!」


それでも彼だけは俺にいつでももふもふを与えてくれる。俺の中で、クゥの存在価値は出会った時の何倍にも膨れ上がっていた。

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