第35話 俺はすけべじゃない!

「あ、勇者様。おかえりなさい!」

「今日もクエストお疲れ様です!」

「お疲れ様です!」


クトスの西にある囁き山に沈む夕日を背にし、俺たち勇者一行(過半数魔獣軍と魔物)はクトスへと帰還した。


「……あれ?勇者様、其方の方は?」


布を被ったファトゥの反対側、俺から見て右側を見て目を丸くする。


そこには、金属の胸当てとその下に黒いインナーを着てホットパンツとスニーカーニーソという女の子が肩に小さな子熊を乗せて立っていた。


「私はリィ!こっちは相棒のクゥ!」

『クゥ』

「彼女は道中で出会ったテイマーなんだ。確か出身はそう、ガラムマサラタウン」

「聞いたことはありませんが、何だかスパイス効いてそうな街ですね」


勿論真っ赤な嘘である。香辛料だけにね!


「勇者」

「ん?」

「……」

「ごめんなさい!」

「勇者様!?」


被った布の奥で紫水晶が冷たく俺を見下していた。心の中であろうと、生半可なギャグは許されないらしい。


俺は反射的に土下座した。リィたちや衛兵が慌てるけれど、そんなものは関係ない。


「何と見事な土下座…此処までのものは生まれてこのかた初めてです!」

「土下座なら任せてくれ!」

「そんな勇者は嫌かなぁ…」

『プゥ…』


流石に情けなさすぎるか、これからは平謝りにしておこう。


リィとクゥの微苦笑を頂戴しながら立ち上がると、衛兵がこほんと咳払いを見せた。


「勇者様、お疲れ様でした。皆様もお通りください」

「え?良いんです?こう、身元調査とか…」

「いえいえ。勇者様が仰るのですから本当のことでしょう。それに」

「?」


俺と話す衛兵Aは、衛兵Bとにこやかに話すリィ…いやリィのその背丈よりも立派に成長した胸元へ視線を注いでいる!?


耳や尻尾は極限まで小さくしてそこにあると思ってみなければ見えない程になっているので、彼女は着の身着のまま。


つまりファトゥのように布で遮られてはおらず、リィが無邪気に身振り手振りを見せる度にぽよんぽよんと揺れている。


「良きものを見せてもらいましたから…」


そう語る衛兵の顔は極楽浄土に召されたかのように穏やか。


「あ、ありがとうございます」


お疲れなのかもしれない。彼らが少しでも休めることを、街の中へ入りながらささやかに願うのだった。


〜〜〜〜〜


街に入った後、クゥの毛を証拠として集会所のレイティさんへ報告した。


またしても毛だったので流石に訝しげな目線を向けられたが、リィたちと一緒に食べたと言ったら若干苦笑いされつつも納得してもらえた。


その視線が忌々しそうにリィの胸へ注がれていたように見えたのは、きっと気のせいだろう。


「モテる女は辛いな〜」

「にゃにぉう!?」


そんな俺たちは今、クトスの宿屋へと戻ってきていた。晩御飯にはちょっと早いのでまだ酒場は空いていない。


女将さんに追加で一泊分リィの宿泊代を支払って…部屋は空いてないとのことで、こうして昨日と同じ部屋に俺たちは集っているのである。


ベッドの上で胸を腕で強調するリィと、声を荒げて食いつくファトゥ。


全員装備を外してラフな格好になっているので、ボディラインはさらに浮き彫りだ。


「二人とも仲良くするんだぞ〜」

『クゥ〜』


俺はというとこれまた昨日と同じようにベッドの脇にもたれ掛かりながら、クゥを抱き締めてもふもふを堪能させてもらっている。


「元はといえば勇者がすけべなのが悪い!」

「はい?」

「勇者のえっち〜♪」

「なして!?」

『クゥ』

「何言ってるか分からない!!」


先程まで和やかに対立していたはずのファトゥたちに突然矛先を向けられ、俺は困惑する。


やれやれ…まぁしかし、仲良くしてくれるなら良しとしようか。


「勇者」

「はい此方勇者」

「すけべぇ!」

「あれ!?それって冗談とかじゃなかったの!?」


ファトゥは本気だった。


ふむぅ、人見知りで気が立っているのかもしれない。今日は素直に魚を食べさせてあげよう、そんなことを俺は思うのだった。

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