第31話 胸と立場は使いよう

「というより、リィスキウルさんよ」

「リィ!」

「……リィさんよ。君もさっき言っていたように、俺は勇者で君たちは魔獣軍だ。敵と一緒に居てもいいのか?」

「ファは一緒にいるのに」

「ファトゥはそんな語弊のある名前じゃないにゃ…」


熊のもふもふをひとしきり堪能した後、俺は茶色の髪と木の実のように赤い瞳のリィに立場の違いについて問い掛ける。


「ファトゥが一緒にいるのは俺を魔王の元まで案内してくれること、和平が成功したら沢山魚を食べさせる契約をしてるから。


おじさんたちが行く道はとおっても危なくて怖いもの、それでも付いてくると!?」

「怖いの?どうしようプゥちゃん!」

『プゥ』

「熊がプゥって鳴いた!勇者、熊ってプゥって鳴くの!?」

「うぅむ、魔物だからなのか新種なのか…ハチミツ好きだったら危なかったぞ」


軽く脅してみたら赤の瞳を潤ませた涙目でプゥちゃんこと熊に抱き付いた。


その際むにゅりとその背丈とは不釣り合いに育ったものが押し付けられたが、プゥはだらしない顔を見せることなくポンポンとその手でリィの頭を撫でる。


そういえば、魔獣軍は餌を与えることで魔物を従えることもあるって話だったな…リィとプゥはそういう関係なのだろう。


逆に見えるのは内緒だが。


「というか、それよりも先に考えなきゃいけないことがある」

「?」

「プゥを討伐するか否か」

『グァ!?』


突然剣をチャキッと軽く抜いた俺の目の前でプゥが目を丸くしてビクゥ!と体を強張らせた。


「騙して悪いが、クエストなんでな」

「ファトゥたちの稼ぎになってもらうね♪」

「人間さんって怖いよぉ!プゥちゃんは私たちが食べるためのお魚さんを獲ってただけなのに!」

「食い過ぎたんだよ。君たちはなぁ!」


プルプルと小動物のように震えて身を寄せ合うリィとプゥ。何だか可愛らしくて、ついつい悪戯してしまう。


『が、ガゥ!』

「ん?何だプゥその目は…ハッ!?」


リィをぎゅっと守るように抱きしめたプゥ。彼?は一鳴きすると、真っ直ぐに俺に視線を向けてくる。


短い付き合いだが俺には分かった。


"オレたち、あんなに仲良かっただろ!それに彼女は悪くない!"


プゥ…お前ってやつは!


「身を呈して主人を庇うなんていいやつだな…」

『グゥ』


分かってくれたか、とばかりに一息つくプゥ。


「熊肉は美味しくいただくからな」

『!?!?』


あんなにもふもふしたのに。そんな想いがひしひしと伝わってきた。


もう少し悪者ぶっても良いけれど、そろそろリィが自分の尻尾を抱えて本気で泣きそうなので種明かしをしてあげよう。


「すまんすまん、嘘だ」

「え?」

『プゥ…?』

「俺はリィもプゥも斬るつもりはない。敵対するなんてごめんだね、俺はもふもふが大好きなんだ!」

「勇者…」


パァ…と笑顔が戻るリィとプゥ。それに対し、紫水晶の瞳を揺らし複雑そうな顔のファトゥ。


彼女の言いたいことは分かる。なので、一つ頷きを返してから俺は話を続けた。


「とはいえ、君たちが魚を取りまくるものだから街の方ではプゥの討伐依頼が出てる。俺たちが此処に来たのも、それが理由なのさ」

「そっか…食べ過ぎちゃったんだ、リィたち」

『ガゥゥ』


しょぼんと自分たちの手元にある川魚を見て、リィたちは落ち込む。


ふむ、と自然と喉から声を出して考えてから目の前で魚を1匹獲ったファトゥの頰をぐりぐり突いて提案した。


「さっきは建前上ああ言ったが。リィが良ければ、俺たちと一緒に来るかい?」

「にゃっ!?」

「良いの!?」


魔獣軍を街の近くに居座らせ続けるのも良くないし、やがて調査に来た他の冒険者とかがリィとプゥを見つけるのも時間の問題。


被害を防ぐという意味でも目の届くところにいてもらうのが良さそうだ。


……決して、もふもふ要因が増えて欲しいとかその幼いけれどたわわなお胸に心奪われた、なんてことはないぞ。


あぁ全く無いね!ファトゥの穏やかな草原のように真っ平らなそれとは違「勇者?」殺気!!


咄嗟にしゃがむ…と見せかけて土下座すると、頭上をブォン!!と何かが俺の命を刈り取らんばかりに横切った。


「次は無いから」

「ごめんなさい」

「おじさん…」

『ガゥ』


リィの含みのありそうな声と大変だなと言いたげなプゥの声が、遅れて届く。


覚えておくと良い、リィ。まだ20歳のおじさんだって土下座くらいするんだよ。

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