第30話 おじさん、誰?
クトスから西にやや離れたところに、小さな山『囁きの山』がある。その中腹にある川の周辺で、熊型の魔物の目撃されたらしい。
なので、俺とファトゥも当然そこへやってきたのだが。
「何処にゃぁぁぁ!熊ぁぁぁぁ!」
ファトゥが怒髪天を衝く勢いで執念を燃やしているから、気が気ではない。
「今なら熊の手ペシペシ程度で許してやるから、出てきなさいぃ!」
どうか落ち着いてほしい。熊の手は本物の熊の手を差すものではないのだ。
「と、言いたいが…」
草の根かき分けてでも探さんと姿を隠すための布も俺に返し、ブワッと尻尾の毛を膨らませながら突き進むその背中に声をかければ俺はどうなってしまうだろう。
こんな鎧なんて紙切れのように砕かれ、犬の神の一家よろしく地面へ足だけを出したままその場に埋められてしまうかもしれない。
「勇者?どうしたの?」
「ナンデモナイデス」
「そっか。さぁ早く早く、1匹でも多く魚を食べるニャ!」
今のも「いや、俺たちは魚を守りに来たはずだろ」とツッコミたかった。
でも出来ない!だって物凄く怖いから!
今日のファトゥは、過去一魔獣軍の幹部らしい圧を放っている。というか今の今まで幹部だってこと忘れかけてたな…。
「むむっ!?」
「どうしたファトゥ!」
「勇者、見て!足跡だよ。匂いも残ってる…これは、あっち!そう遠くには行ってない!」
そんな頼もしいんだか恐ろしいんだか複雑な気持ちを抱かせていたファトゥさんは、目敏く草が踏み荒らされた痕跡を発見。
すんすんと匂いを嗅いでから周囲を見回すと、ビシッと左斜めの奥を指差した。
その先にあるのは大きく切り立った崖。
「いや…あれは、洞窟?」
しかしよく見れば崖ではなく、少し大きな洞穴も空いている。
荒々しく穿たれたようなそれは間違いなく。
「多分、熊の巣だと思う」
「よし。バシッと倒して稼いだお金で、たらふく魚を食べるぞ!」
「にゃぁ!!」
俺とファトゥは装備を確認すると迷うことなくダッシュで突入した。
「少し暗いな…ファトゥ、気を付けろ!」
「勇者もね!」
ファトゥが怪我をするのは見過ごせない。
俺が前を金属音を鳴らしながらも疾走し、万が一にも彼女に当たらぬよう剣を盾にして洞窟を奥まで駆け抜ける!
「居た……!」
やがて、突き当たりを確認。
そしてそこで待っていたのは大きな赤黒い熊の魔物。
「あれ?おじさん、誰?」
『グゥゥ…』
「ま、魔獣軍…!?」
頰をいっぱいに膨らませて川魚を食べる、リスの耳と尻尾を持ったファトゥよりも幼い魔獣軍の女の子だった。
……ある一部分は、ファトゥよりも実り豊かな。
〜〜〜〜〜
「そうだよぉ!リィは魔獣軍のリィスキウル。呼び難いだろうから、リィって呼んでね♪」
「よろしく、リィ。君は幹部なの?」
「ううん。まだ見習い」
「なるほどぉ」
「何で普通に会話してるにゃ!?」
ファトゥが目を丸くして、俺とリィの間で視線を彷徨わせた。
リィの隣には大きな熊の魔物が座っており彼女と一緒に魚を食べている。
「わぁお仲間さん!いらっしゃい、そのおじさん食べるの?魚の方が美味しそうだけど」
「食べないよ!?あとこの人は勇者!魔王様に会わせたら一生魚をたらふく食べさせてくれる約束で、一緒に冒険してるの」
「おい待てい。たらふく食べさせる約束はしたけど、一生とは」
「本当!?じゃあリィも行く〜!」
「五分時間をくれ…俺に話をさせてくれよ!」
何故か連れが増えそうな流れになり慌てて止めようとするけれど、ファトゥは魚に釘付けとなりリィもはしゃいで俺の言葉に耳を傾けてはくれない。
ポン。
「ん?」
『グゥ』
「……ありがとうな」
不意に熊が俺の肩にポンと手を乗せ一鳴きする。
流石に翻訳魔法も熊の言葉までは翻訳してくれなかったけれど、大変だなと同情してくれたことは伝わった。
多少落ち着いたので、改めて二人に話をしよう。
「はふぅ」
でもその前に、俺は熊のもふもふを暫し堪能させてもらうのだった。
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