第28話 働け働け〜!
冒険者の朝は早い。
鶏よりも先に目が覚め、その装備の音が宿の目覚まし代わりになる…と、ハウトゥ本に書かれている。
「……」
「むにゃむにゃ…」
はずなのだが、目を覚ました俺が最初に見たものは軽く涎を垂らして無防備に眠るファトゥの顔だった。
普段の吸い込まれそうなほど綺麗な紫水晶は瞼の裏に隠れているものの、黒真珠のように艶やかな髪は木窓の隙間から漏れる朝日に彩られ美しく輝いている。
「しゃかにゃぁ♪」
「魚、って言ったのか?」
呂律の回らないその寝言に相槌を返すけれど、寡黙な師匠は何も答えてはくれない。
はちまきの代わりに、本物の猫みたく体を丸めている可愛い師匠である。
「ファトゥに鍛治師なんてやらせたら、刀を打つどころか鍛治台を叩き壊してしまいそうだな」
鍛治台を壊して大慌てで逃げ出すファトゥの姿が目に浮かび、一人で勝手に苦笑いした。
ゆっくりと立ち上がって時計を見ると、現在の時刻は朝8時だと分かる。
ふと動力が気になったけれど、時計は刻むものだから一度魔法を掛ければ、後は勝手に刻み続けるのかもしれない。
「俺たちも馬車馬のように働かなきゃ、いつまで経っても魔王ミィをモフりに行けないかもしれん」
ひとまず俺は顔を洗面台で洗い服装を鎧抜きと簡易なものに着替えると、未だに気持ち良さそうに眠るファトゥの涎を拭いてやってからこっそりと廊下へ出る。
そのまま一階へと降りれば、奥の酒場で女店主が忙しなく朝ごはんを食べる冒険者たちに料理を運んでいた。
「店主、こっちにも酒を一本くれ〜!」
「あいよ!全く朝から飲んだくれるとは、良いご身分だね」
「へへへ。これがなきゃやってらんねぇよ」
「心身はダメダメだねぇ…」
俺もそう思う。
酒場の入り口で頷いていると、此方に気付いたらしくいつもの朗らかな笑顔を浮かべて声をかけてくる。
「おや勇者様!おはよう、適当な空いてる席に座っておくれよ」
「おはよう御座います。連れがまだ眠っているので、良ければお手伝いします」
「本当かい?悪いけど頼むね、こいつらったら懐も体も太いんだから!」
「おいおいそりゃないぜぇ!?」
女店主に悪態を吐かれた冒険者の一人が大袈裟にリアクションを取ると、ドッと酒場で笑いが巻き起こった。
ひとしきり俺も笑ってから、女店主が作った料理や注いだ酒を配り一言二言冒険者と会話してから空き皿を回収するフロントの仕事をこなしていく。
「おいあんちゃん!」
「あんたは冒険者B!」
「誰だよそいつ!じゃねぇや、あの嬢ちゃんまだ寝てるみたいだけどよ。無理させたんじゃねぇのか!?」
「無理ってそんな……朝から何てこと言うんだよ!?一切やましいことはしていない!」
昨夜、ファトゥとの激闘を終えた俺に真っ先に肩を組んだ冒険者の男も居た。
最初は発言の意図を理解しかねるも、すぐに悟って俺は声を荒げてツッコミを入れる。
「それはそれで女々しいやつだ」
「お前を討伐してやろうか…」
「やめときな。うちの稼ぎが減っちゃうよ」
「金ヅル以外の理由で止めてくれ!?」
理不尽には怒るのが人間だ。ということで怒って見せたが、女店主に止められたので矛を納める。
稼ぎは大切だからな、それならば是非もなし!
手伝いへと戻った俺はその後もフロント係を全うし、朝の10時となって客足も無くなった頃漸くファトゥは下へと降りてきた。
「勇者!今日の朝ごはんは?」
「無し」
「にゃーん!?」
働かざるもの、食うべからず。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます