第27話 猫は気まぐれと言うけれど
腰まで伸びる黒髪は適当に拭かれたのか或いは拭いていないのか、まだまだ濡れて必要以上に艶めいている。
「そういえばお風呂は魔法だったのか?」
「ううん、違うみたい。多分宿屋だから設備がしっかりしてるのかもね」
そういえば、街を歩いている時も大衆浴場などは見た気がする。冒険者が泊まるであろう宿屋は優先的に設備が良いのかもしれない。
前線に立つものとしての特権、だろうか。そう思うともっと頑張らなければと思った。
「早くお金を貯めて、1日でも魔王ミィに会いにいこう」
「そうだにゃ」
俺はファトゥの黒髪をタオルでポンポンと挟むようにして撫でる。
まずはこうして水滴や過剰な水分を落とすことで、髪を乾かしやすくするのだ。
いきなり拭いて水気を広げてしまうよりも気持ち乾きやすい。
「……」
「にゃ〜あ〜♪」
腰まで長い黒髪をひとしきり撫で終えた時、彼女の頭上で揺れ動く猫耳と俺の目の前で揺らめく尻尾に目が止まる。
そうだ、髪を乾かすのであればその耳や尻尾も乾かしてあげなければ!
「ファトゥ。俺、こう見えて完璧(もふもふ至上)主義でさ」
「へぇ、意外だなぁ」
「拭き残しがあったらいけないと思うんだよ」
「うんうん」
何度も頷いた後、また目の前に尻尾が現れる。それを凝視しながら、俺は尚も言い募る。
「だからこそ…」
「ネバーギブアップ?」
「失礼します!!」
タオルで勢いよく、不意打ち気味に尻尾を挟み込もうと手を伸ばした。
くぐもった破裂音と共に俺は至高のモフモフを…!
「な、何ィ!?」
「ざぁんねん♪まだ早いにゃ〜」
堪能することは、出来なかった。
先程まで目の前で止まっていたはずの尻尾は、いつの間にか俺の手の外にあったのだから。
「ちぃ!この、小癪な!」
「ほらほら、鬼さん此方っ」
立て続けに両手で挟み込もうと何度も手を伸ばすけれど、その度に風のようにすり抜けて捕まえることは出来ない。
そういえば前にもこんなことあった気がする…と思っていたら、不意にファトゥが尻尾を自らの手できゅっと抱き寄せる。
「このお耳と尻尾は魔獣軍の証。まだまだ勇者には許してあげないよ」
「くぅ、和平の先駆けとして委ねてくれても良いだろう!?」
「それは確かにそうにゃ」
「なら!」
「でも駄目〜!早く髪を拭いてね?」
ぺろっと舌を見せて小悪魔的にウィンクをすると、再び此方に背を向けて髪を任された。
猫は液体というけれど…まさか耳と尻尾の扱いまでそうだとは。
「分かったよ、ファトゥ。でもいつかは絶対もふもふさせてもらうからな!?」
「いつになるか、楽しみが増えて良かったにゃ!」
「お預け食らっただけだぞ…」
とは言いつつ、俺はその後しっかりファトゥの髪を拭き終えた。
そして。就寝の時間が訪れる。
「勇者。寝床…結局どうするの?」
「その事だけど。俺は毛布があるから、君はベッドで寝てくれ」
「敵なのに優しくしてくれるんだ」
「今は旅の道連れだからな」
仲間、とも言えるけど。敢えて彼女の言葉に乗ることにした。
「それに敵に塩を送るって言葉もある」
「どういう意味にゃ?」
「えっとだな、まず……」
紫水晶の瞳を煌めかせて、ファトゥはベッドにうつ伏せたまま傍らに座る俺を覗き込む。
そんな彼女を見上げるように見つめ返しながら、俺は日本の諺やファトゥに聞かれるあれこれに答えていく。
やがて楽しそうに振っていた尻尾が横になる頃には、俺もファトゥも微睡みの中へと落ちており。
「だって……」
耳元でファトゥの寝言が聞こえた気がしたけれど、眠りこけた俺の耳では何も分からなかった。
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