第7話 寒いダジャレは許されない
「くっ…まさかこんなところで幹部に出会うなんて!」
あのヒャッハーめ、魔獣軍がいるとは聞いたけど幹部とまでは聞いてないぞ!
脳裏で奴が歯を見せながらサムズアップする様が浮かぶ。ちくしょう、良い笑顔だな!
「流石の勇者といえど、強くなる前から倒してしまえば良いんだ!」
「果たしてそう簡単にいくかな!?」
心臓周りや籠手など最低限必要な装備を付けるだけのその姿は、正しくスピード特化と言わんばかり。
そんな彼女に襲われでもしたら…間違いなく俺はコテンパンにやられて、オッサンに「おお勇者よ、お前…本当に情けないな…」と心から落胆されるのは火を見るより明らかだ。
あと、たった一人しか魔獣軍に会ってないのに戻るなんて勿体ない!沢山もふりたいのに!!
とはいえ、彼女の鋭い爪と(恐らく)目にも止まらない俊敏性に太刀打ちできるとはとても思えない。
「どうする?魚を置いて逃げるか、もう勇者として頑張るのを止めるか」
「い、今更止められるかよ!」
精一杯の虚勢を張りながら、シャキッと聖なる剣ゴフウを抜いてファトゥを正面に構える。
大丈夫…万が一当たっても峰打ちならセーフだ!
これ刀じゃなくて剣だから峰なんて無いけど、言ったもん勝ちである。
「勇者、覚悟〜!」
「チィッ!」
爪が迫り来る直前、俺はそういえば鎧はあるけど盾は貰えなかったな…と走馬灯のように思い返し、その時に備えた。
けれど、ビタっ!と地面に縫い付けられるかのようにファトゥは突然動きを止める。
「……?」
思わず剣を退けて彼女を覗き込むと、その視線は自分の爪と俺の鎧で彷徨っていた。
「その鎧、固そう」
「そりゃあ…鎧だからな」
試しにコンコンの自分の鎧を拳で小突いて見せると、伸ばされていた彼女はその手を引っ込める。
「ファトゥの爪、鎧に当たったらファトゥも痛いし直接引っ掻いたら勇者も痛い」
「爪だからな。それは、当然だろう」
「……痛いのは嫌だなぁ」
ボソッと呟いて肩を縮こませるファトゥ。
その耳と尻尾が力なく垂れ下がるのを見て、思わず俺も剣を納めた。
本当に当てなくて良かったと思いながら。
「なぁ、ファトゥ」
「ん?」
「俺は君を傷付けたくない。けれど、勇者として魚の強奪に関してはどうにかしなくちゃいけない」
「うん」
「そして君は魔獣軍の幹部として俺を倒さなくちゃいけないけど。痛いのは嫌で、でも魚は食べたい」
「そうだね」
最初に俺を指差し、次にファトゥを指差す。どちらにも頷きを見せたことにひとまず安心しながら、俺は本題を切り出した。
「じゃあ、こうしないか?俺を魔王様のところに案内してくれ」
「にゃにゃっ!?魔王様に!?」
「あぁ。ただし、勇者というよりは使者として」
「死者?」
「いや生きてるから」
「支社?」
「いや俺本社」
「四捨?」
「五入」
「「イェーイ!」って何でダァ!?」
「にゃ〜!」
パチーンと気持ち良くハイタッチしてから慌ててツッコむ。結構強かだなファトゥ…。
わしゃわしゃと髪をかき乱し、話を戻すため顔を上げる。
そのキラキラとした瞳は宝石のように煌めいていて、つい見惚れてしまいそうだ。
「魔獣軍も魚が欲しいなら、強奪じゃなくてちゃんと対価を支払えば良いのさ。それを国王と魔王の間で契約として締結させれば…」
「ファトゥたちはお魚が食べ放題!」
「対価は支払おうね?何も支払わなかったら不平等条約だからな?」
「魚を返せば良いってこと?」
「魚の対価が魚って、そんなさかな」
「は?」
「ごめんなさい!!」
この子もミィに負けないくらいの圧がある。どうやら彼女たちは寒いダジャレを絶対許さないウーマンのようだ…気を付けよ。
地に頭を擦り付ける全力の土下座を見せながら、固く心に誓った。
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