005

 世界樹。国の中央に位置する巨大樹。樹高二万メートルにも及ぶその巨木には、国家における重要な役割があった。

「根っこ見上げるだけで首が痛くなるなんてね。元の世界あっちじゃ考えられないよ」

 飛鳥はベールの如く突き出した板根を叩いて、呆れ混じりに言う。

「でもこれを越えようって言うんだから大概だよね」

「まあ、それが最短ルートなので」

 フェルディは視界を塞ぐ板根の先を想像した。

 三方に広がる板根は、そのままリシュリア王国の国土を三分割している。フェルディら精霊種の住まう居住区は世界樹南部にあたる。向かう先は北東方向、獣人種ヒンヴレセアの居住区。

(さて、一発目の大仕事だ)

 フェルディは目を瞑り、を探る。

 転移魔法。高度な空間把握能力を必要とし、また危険度が極めて高い。解析魔法によって魔法適性が『転移』と診断された場合、特例として別カリキュラムを専攻することが認められているほどである。

 我々の生活圏たる世界と重なり合う別の世界。魔界ダインと呼ばれるその世界には魔力が渦巻いている。逆に言えば、それだけでしかない。魔力の物質化、つまりは生成魔法による排斥を利用した実世界と魔界を繫ぐ孔を二つ同時に創り、なおかつそれらを無次元の相で結ぶ。瞬時に崩れ去る孔に対象を正確に重ね合わせて初めて、空間跳躍という妙技が実現するのだ。指の一本でも孔から外れていようものなら、いとも容易く切断される。使用者そのものが意図せずして危険にさらされるような「魔法」は、これを措いて他にない。

 さて、ここに一人の少女がいる。名をリーナ・ツー・クラウゼヴィッツ。森霊種よりも劣るとされる森生種でありながら、天才の再来とまで称された彼女。

「よーし、じゃ行こっか!」

「いやおい待て、ウソだろ?」

「……まさかここまでとはね」

 辺り一面を覆う光の残滓。困惑する二人と呆然とする二人を照らし出す。

 先までの薄暗い黎明は彼方、煌々とした朝暾が見据えている。


 魔法適性:転移


 最難関とされるそのカリキュラムを、初等部の二年間で修めた、偽らざる天才である。

 また、その他の一切を放棄し、『転移』のみに注力し続けた、狂気的なまでの秀才である。

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