第21話 黒影
黒い影は大雑把に言うと人型をしていた。2本の足で立ち、胴体から左右に飛び出した腕があり、胴体の上に丸い頭が乗っかっている。
けれど、足は影との境界線がわからないほど黒く薄く、胴体はねじ曲がった老木のように捻じれ傾ぎ、腕の位置は左右非対称かつ軟体生物のように波打っている。極めつけは、頭らしき部分。足元は一切動いていないのに、前後に不気味なほどガクガクと揺れている。その姿は、下手な人形芝居の頭師のようだった。
「っ!」
なんとなく、それがさっきまでの異界にいた怪異であると分かる。姿は知らなくとも、背筋が凍る感覚が、周囲から感じるプレッシャーがその直感を確かなものであると感じさせる。
ふるり、と怪異が震えた。胴体が少しずつ前傾する。前後に揺れる頭の揺れるスピードが遅くなり、後ろに揺れ動く回数が少なくなる。だらりと下がった不均等の腕が、探しものをするかのように前に突き出される。黒い足が、震えながら滑るようにこちらに近づこうとしている。
「こ、来ないで!」
それは、心からの叫びだった。滑るように動いていた怪異の足が止まった。きっと、これは偶然だ。
怪異に言葉が通じないことは、分かっている。それでも、近くに寄って欲しくなかった。怪異に言葉を言い放った後、背を向けて走る。そして、そのまま藤原くんに駆け寄った。大した距離ではない。それでも祈るように、怪異が来ないように言葉を重ねながら、藤原くんに話しかける。
「お願い、怪異は来ないで! 逃げよう、藤原くん!」
けれど、藤原くんは驚いたように怪異を見ている。そういえば、あの怪異は上級怪異だっけ。すごく危険な怪異だ。なら、なおさら逃げないと。
「ねぇ、藤原くん。逃げよう?」
「えっ、ああ……。水城さん」
「一緒に逃げよう。アレって、本来は複数人でやっと倒せるんでしょ? このままじゃ、二人ともまとめて死んじゃうよ!」
「!」
藤原くんが私の手を掴んだ。少しだけ痛い。けれど、それ以上に真剣な青みがかった瞳が、私を見つめている。
「……水城さん」
「なに?」
真剣な表情に息を呑む。怪異は未だ、動かない。
「一つだけ、試してみたいことがあるんだ」
その言葉には、私にはない彼の祓い屋としての使命感と重みを感じた。
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