第22話 言葉の力

「試してみたいこと……?」


 思わず、藤原くんに聞き返してしまう。


「うん。もし、成功しなかったら俺が責任を持って水城さんを逃がすから」

「何を言って……」

「あれは、この地域の堕ち神だ」

「堕ち神……?」

「いろいろあって、ずっと探していたんだ。まさか、こんなところで出会うなんて思ってなかったけど」


 藤原くんの視線が怪異──彼が言うには堕ち神──を見据える。堕ち神は私達の方に意識を向けている。けれど、未だこちらに踏み出す気配は無い。


「堕ち神の出す被害は尋常じゃない。それでも今、活路が見えた」


 藤原くんの視線が私に向く。真剣な表情で、私を見ている。


「お願いだ、水城さん。キミの力を俺に貸してほしい」

「私の力……?」


 その真剣な声で、突然私に話を振られて驚く。私に何の力があるというのだろう。まだ、低級怪異への自衛程度しかできない私に。


「多分、キミにしかできないことだ。俺にはできない」

「藤原くんには、できない……?」

「今、あの怪異がこちらを襲ってこないのはなぜだと思う?」

「え?」

「多分、水城さんの言葉があったからだ。君の言葉には力がある。言霊使い、と祓い屋たちに呼ばれる力が」

「言霊使い……」


 にわかには信じられない。思わず、藤原くんの顔を見つめてしまう。


「水城さん、あの怪異に『去れ』って言ってみて欲しい」


 けれどその声は、その顔は、この世界に怪異がいると言ってくれた時の様に真剣で。


「……私、言うだけでいいの?」

「大丈夫。何があっても、君くらいは守ってみせるさ。怪異のことを教えたのは僕だし、予想が外れて最悪が起きても責任はとる」


 刀を構えて、私と怪異の間に立つ藤原くん。その姿は、放課後の廊下で会った時のように頼もしい。


「……分かった」


 きっと、大丈夫。根拠はないけど、そんな気がする。藤原くんの言葉は、信じられる。だから、その信頼に応えたい。


「怪異よ、!」


 彼の信頼きもちに応えられるように。強い意志を声に乗せて放つ。想像以上に大きな声が出たことは、藤原くんに気づかれないといいけど。

 そして声を出した直後、怪異の身体が震えた。私が放ったその言葉は呼び水のように。怪異が何もしていないのに悲鳴を上げる。その声は、この世の不快な音をすべてミキサーにかけたかのような不協和音だった。

 ぐるぐると怪異の姿が渦巻く。まるで、自分を見失ったかのようなメチャクチャさ。一際高い悲鳴を上げた後、怪異の姿は無くなっていた。


「い、居なくなった……? ゴホッ!」


 姿が見えなくなった安心感から、体の力が抜けた。それと同時に、喉になんともいえない不快感と頭が霞むような鈍痛。


「水城さん! ……ごめん、反動のことは何も考えていなかった。そうだよね、あれだけの上級怪異を相手にして反動が無いなんてありえない」


 反動? 何のことだろう。何も分からない。頭の霞が濃くなっていく。疲れた身体がしきりに休息を誘っている。


「水城さん? 水城さん!」


 藤原くんが何かを言い募っている。けれど、頭はふわふわしていて。何も言えないまま、私の意識は落ちていった。

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