第13話 黒い不審車

  二週間ぶりの直帰とはいえ、通学路に変わりはない。ただ、寄り道をしないで帰るだけなのだから。


 暗い気持ちの中、通学路を歩く。偶然かこの時間帯の住宅街にしては珍しく、人の姿は見えなかった。

 ぼうっと通学路を歩いていると、結局今日は藤原くんはどうしたんだろうな、と思った。


 後ろから乱暴な車のドアの開く音。つい下の方を向いていた顔を上げると、高級そうな黒塗りの車が道端に停まっていた。そばには、怖そうな顔をした大男が窮屈そうな黒いスーツを着て電話をしている。


 ──なんか怪しげだな。


 沈んだ気持ちには、騒音は堪える。けれど、ずっと見るのも不審だと思って目線を逸らした。そのまま、気持ち早足で歩くことにした。道はしばらく直線だ。でも、急に走り出すのも不審だし、そういう気分にもなれない。ただ、静かに気づかれず、通り過ぎれればよかった。すれ違いざまに見たその車は見るからに高そうで、スモークガラスに覆われて中の様子は見えなかった。


 またしても、ドアの音。多分、さっきの車だろう。音が近づいてくる。あまり関わり合いたくないタイプだったので、発進したら早く通り過ぎてくれないかな、と思った。背後から、乱暴なドアの開く音がした。


 後ろからグイッと引き寄せられる身体。気がつけば身体は地面を離れ、黒塗りの車の中に放り込まれた。

 恐怖の感情に身体が凍る。叫ばなくてはいけないのに、喉は詰まったように動かない。頭は〝助けて〟の感情のオーバーフロー。視界はスローモーションのようにゆっくりなのに、思考は何一つ動かない。漠然とした時間感覚の中、固い何かに頭をぶつける感覚。コンセントから電源を引き抜いたテレビみたいに、私の意識は途切れた。



 気がつけば、身体も口も拘束されていた。札のようなものから縄が延びて、身体に巻き付いている。一切気が付かなかった。一体、どうやって。


 車内には男が二人。さっき電話していた熊のように大きい男と小さく禿げた頭の男。大きい男は運転席に座っていた。こちらには一瞥もくれずに、ハンドルを握っている。反対に後部席の小さく禿げた男はダルダルの白いTシャツにステテコ、サンダルだった。私を引きずり込んだのは小さい男のようだった。

 大きい男の声。体躯と同様に声も大きい。その体をゆらして、男は言った。


「こいつはいい霊力だ。たった二週間で操作をモノにするとは大したもんだな」


 それに対して小さい男が答える。


「これなら、贄にも足りるでしょう」

「ああ、本家の人間を使うにはもったいない。アイツもいい拾いものをしてくれた」


 笑う大男。しかし、私には話の流れが見えない。しかし、という言葉を使ったということは藤原くんと同じ祓い屋なのだろうか。


 抵抗しようと体を動かす。口は塞がれた。しかし、身体は鉛のように動かない。さっき意識が覚醒したばかりなのに、瞼は重くなっていく。


 柔らかそうな黒い髪。青色がかった丸い瞳。眼鏡は今時珍しい丸眼鏡。いつも、真剣に私の話を聞いてくれた。


 ──藤原くん。


 たった二週間、一緒にいただけなのに。

 最後に脳裏に浮かんだのは彼の姿だった。

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