47.


 ロジェは冷静に袖の釦を留めながら、スヴェラへと視線を定める。


「……こんにちは、スヴェラお嬢様。……相変わらずお元気なようで」

「随分と余裕なのね。……やっぱりあなた、怪しいと思ったのよ」

「怪しい、と言いますと?」

「これを見なさい」


 スヴェラはダンから書類を受け取り、ロジェの足元へばさばさと落とした。

 ロジェはそれに触れることなく、足元に視線だけを落とす。それは通信履歴だった。


「あなた……第三騎士団長と何度も連絡を取り合っているわね。もしかして特別な仲なの?」

「……特別ではありませんが、彼との関係をあなたに言う必要がありますか?」

「あなたと彼が密会しているところも目撃されているわ。場所はジョナ・ドードーという宿で、下にある酒場で書類の受け渡しも確認されてる。いったい何をしていたのかしら?」

「……」


 ロジェが黙り込むと、スヴェラが勝ち誇ったかのように笑みを浮かべた。後ろにいたダンも同様で、ロジェが怯んだと踏んだのか、一気に捲し立ててくる。


「やっぱりな。……シン・アースターという名前、どこかで見たことがあると思っていたんだ。……お前、僕が奴隷として仕えていたロブルース領にも手紙を出していただろう? 履歴にお前の名前があるのを見たんだ」

「ロブルース領は、二十六皇子派で過激な者も多いわ。兄さまへの襲撃も確認されている。そんな所と、どうして連絡を取り合っていたのかしら?」

「履歴が残っていただけで、何をお疑いになっているんですか? ……ロジェさんの身分じゃ、履歴も盗み見た程度だと思いますが……」


 通信魔法の履歴は、管理者以外には閲覧できないようになっている。しかしその取扱いは甘く、保存期間の5年を過ぎれば、それを燃やすのは使用人の役目だ。

 恐らくダンも、どこかのタイミングで盗み見たのだろう。


 確かにロジェは、ロブルース領にある貴族へ良く手紙を出している。しかし後ろめたい事は一切していない。例のパイプ作りの一環に過ぎない。

 毅然とした態度を通すロジェを見てか、スヴェラが忌々し気に吐き出した。


「何を疑っているって、決まってるでしょ? この密通者め! 過激派に情報を流すため、ここに潜り込んできたに違いないわ!」

「……その証拠は? ロブルースへの通信履歴は、ロジェさんが前の屋敷にいた頃に見たものでしょう? 僕は第一司令部に身を置いている間、ロブルースへ手紙は出していませんが……」

「騙されないわよ。第三騎士団は、主に兄様の周辺警護を行っている。……あなたが騎士団長と通じて、兄様の行動をあちらに流しているとしか考えられないわ」 

「……っ、馬鹿なことを。第三騎士団長が密通に加担していると、そう仰っているんですか?」


 これまで冷静だったロジェだったが、スヴェラの聞き捨てならない言葉に憤慨する。

 第三騎士団長は、騎士道を真っ直ぐに貫き通す男だ。『不正』という言葉が一番似合わない最たる者だろう。

 彼を貶めるような発言は、流石に許しがたかった。


「第三騎士団長は何もしていません。彼は潔白だ」

「彼は、ってことは、あんたは違うのね?」

「……潔白ですよ。って言っても、どっちみち僕を捕らえるんでしょう?」

「良く分かってるじゃない」


 隣にいた騎士から膝裏を蹴られ、ロジェはその場に膝を付く。後ろ手で拘束されながら視線を上げると、扉の向こうにルトルクの姿が見えた。

 彼じっとこちらを見据えていて、微動だにしない。ロジェもその目を見返して、口を開いた。


「ルトルクさん。……そのペンダントの意味、やっと分かりましたよ」

「……っ⁉」


 眠そうだったルトルクの目が、驚愕に見開かれる。

 ロジェを拘束しようとしていた騎士らも、ロジェの言葉を不思議に思ったのか手を止めた。


 16年前、ルトルクは身に着けていたペンダントをロジェへ見せた。

 紋章が描かれたそれは、ルキウスの部下であるという印だ。しかしそのペンダントには、ある仕掛けが施されていたのだ。


「そのペンダント、熱で模様が変わるんですよね? 炎の図柄が現れ、狼を絡めとるかのように巻き付いていくんです。……あの時、僕はそれを見ました。今もそれ、つけてますよね。見せてもらっていいですか?」

「!!」


 ロジェの言葉に、ルトルクが猛然と動き出す。

 騎士らを薙ぎ倒しながらロジェへと飛び掛かり、首に手を掛けた。喉が潰れるほど締め付けられ、ロジェはうめき声を漏らす。

 その手つきには脅しめいたものはなく、ただ殺意だけが感じられた。


 あのペンダントは、ルトルクの裏切りを示す証拠だ。そしてそれを知っているのは、共に火龍に襲われたロジェただ一人。

 恐らくルトルクは、シン・アースターがロジェ・ウォーレンだと気付いたのだろう。

 自分が裏切者であるという証拠を握っているロジェを、今まさにルトルクは消そうとしている。


 火龍の熱で変化したペンダントを、ロジェはずっと覚えていた。

 ルキウスの紋章は狼。そして炎の紋章は、フィオナのものだ。


 喉を締められながら、ロジェの肚の中は怒りで満ちていた。

 

「どうし、て……彼を裏切ったんだ! ずっと、いっしょだった、彼を、どうして……!」

「……だ、ま、れ」

「しか、も、もう……フィオナ公女、はこの世に、いないじゃないか!」

「だまれ!」


 ルトルクの手に力が籠る。ロジェの目の前が白濁しはじめ、抵抗を示していた身体も弛緩していく。


 異変に気付いたのか、騎士らがルトルクをロジェから引き剥がし始めた。ここでロジェを殺すわけにはいかないのだろう。

 生きた状態でロジェを断罪をしないと、ルキウスへの説明が困難になる。


 喉の圧迫が解かれ、ロジェは忙しなく咳き込む。ぐらぐら揺れる頭を叱咤しながら長靴へと手を伸ばし、中から果物ナイフを取り出した。

 渾身の力で地を蹴ってスヴェラへと飛び掛かると、ナイフを彼女の首元に当てる。


「動くな!」


 片手でスヴェラの身体を拘束しつつ、ロジェはじりじりと後ろへ下がる。スヴェラの顔は真っ青に染まり、少女のように怯え始めた。

 ロジェはスヴェラを引きずったまま寝室を出て、近くにいた使用人に馬の用意を指示する。


 ルトルクは今にも飛び掛からんとしていたが、やはりスヴェラを掌握されていれば手が出せないようだ。

 庭に出ると、使用人が馬を引いてやって来た。スヴェラを拘束したまま、ロジェは馬の鬣を宥めるように撫でる。

 呑気な事をしているかと自覚があるが、ロジェは待ちたかったのだ。最後に顔が見たかった。


 遠くから、馬を走らせる音が聞こえる。同時に怒りに塗れた声も。

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