32.
魔族は見目が良いルーナを攫い、自らの屋敷に監禁した。彼女の足の腱を断ち切り、毎日のように性的暴行を繰り返したそうだ。
ルーナは二度妊娠し、そして堕胎を強要された。そして三度目の妊娠の時、もう用無しとばかりに屋敷を放り出されたのだという。
ヒトが魔族の子を孕むと、その身体に魔力を帯びるようになる。産んでしまえば魔力は薄まるが、場合によってはそのまま半魔になってしまうヒトもいる。
魔族によって孕まされ半魔になったヒトは、生きていく場所が限られてくる。
ヒトの国に戻ることは難しいだろう。子供は魔族の血を引いた正真正銘の半魔だなのだ。彼らはヒトとは違う成長を遂げていく。
ヒト族にとって、彼女らの存在は異物でしかない。
魔族によって望まず半魔になったヒトは、公になっていないが多くいる。その受け皿になっているのが、アカツキ領だった。
アカツキの当主は、かつて母として慕っていた乳母が半魔であったことから、当主は半魔の保護を積極的に行ってきた。特にルーナたちのような者たちは、手厚い援助を行っている。
新たな名前を授け、仕事を与え、半魔としての人生を与える。ヒトとしての人生を捨てさせるのだ。それはある意味残酷なことかもしれないが、ルーナたちはそうするしかなかった。愛する我が子のために。
期せずして、そんなアカツキ領に流れて来たロジェに、ルーナは優しく接してくれた。
しかしロジェとルーナたち半魔には、大きな違いがあったのだ。
「シンが、あの男の為に生きてきたのは知ってる。でもな、何度でも言う。そこにお前の幸せはあるのか? あいつの側に近付いて、そしてこの先どうするつもりだ? 偽りの身分のまま生きていくのか? ……シン、お前……本当は何が目的なんだ?」
「……」
(……目的? そんなの決まってる)
ロジェの目的は、望みは、16年前からひとつも変わっていない。ルキウスの役に立ちたい。支えたい。それだけだ。
16年という時を経て、やっとその願いを叶える機会に恵まれた。
ロジェとルーナたちの大きな違いは、関係を持った魔族に対する想いだ。
ルーナたちは当然、魔族に憎しみを持っている。家族と引き離され、憎い魔族に近いものに転化させられたのだ。憎しみを持つのは当然とも言える。
しかしロジェは、ルキウスを愛していた。自分の存在が彼の弱みになるなら、陰ながら支えればいい。その一心で生きてこれた。
魔族に対して情を抱くロジェに、ルーナたち半魔は最初、非難の目を向けていた。ロジェもそんな彼女らに、心苦しい想いを感じていたのは確かだ。
しかしロジェはルキウスへの想いは断ち切れず、ロジェは彼のために努力し続けた。次第に彼女らも、そして周りも、ロジェを応援してくれるようになったのだ。
そして16年の月日が経ち、ロジェはルキウスに近付くために行動を起こした。王都に出向する決意をしたのだ。
「一心に頑張るシンを、確かに俺たちも応援してた。……だけど、実際に行動に移すなんて思わなかった。ルーナさんもキキも、毎日教会に祈りを捧げてる。……16年だぞ? 16年、俺とシンは家族のように過ごした。幸せだったよな? どうしてその生活を変える必要がある?」
「……クラディルたちこそ……」
続く言葉は出てこなかった。
確かにアカツキ領で過ごした日々は、穏やかで幸せだった。実家で得られなかった愛情も、たっぷり注いでもらった。
生まれて初めて、子供として甘えて過ごす日々も経験することが出来た。
しかしロジェはそんな温かい生活の中でも、『本気』で突き進んできた。真っ直ぐ見つめる先には、いつもルキウスがいた。
努力するロジェを見て、誰もが応援してくれていると思っていた。しかし実際は、ロジェはいつか諦めるだろうと、みんなが思っていたのだ。
それがとても、とても悲しかった。
彼らの想いも痛いほど分かる。16年間、本当の家族のように接していた者が、棘の道を突き進もうとしているのだ。
ロジェがその立場だったとしたら、彼らと同じことをしただろう。
「……心配しなくても、任期が終わればアカツキに帰って来るよ」
「本当だな? 奴に引き留められてもか?」
「奴って言うの止めろよ。皇子だぞ?」
ロジェは一歩近づき、クラディルの肩に手を乗せた。クラディルは受け入れるようにロジェの手を掴み返す。
「……シン……本当に、無茶はするなよ。アカツキには、お前を待っている人がたくさんいる。お願いだ」
「分かってるよ。必ず帰るから……」
クラディルの肩をぐっと掴み、それから手を放す。オーガスタにも笑顔を向けて、ロジェは踵を返した。
背中に二人の視線を感じながら、しっかりとした足取りで、ロジェは廊下を突き進んだ。
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