31.

 ロジェとアカツキ家の関係は、他人に説明しても不可解でしかないだろう。

 まったくの他人であるが、アカツキ家はロジェを本当の子供の様に扱ってくれているのだ。

 かつてロジェを拾ったマグウェルが、アカツキ家の歴代当主の侍医であったことが大きかった。彼らはまさに家族のような関係であったため、ロジェもその一員になってしまったのだ。


 ロジェを抱き込んだまま、ルキウスは剣呑な雰囲気を緩めない。


「こいつは出向者だが、今は俺の部下だ。何をさせても問題はない」

「いいえ、契約では第三科文官室所属となっています。それ以外の職務をさせるなど、例え殿下と言えど問題になりますよ。……あのな、シン。お前もお前だぞ」


 あろうことかクラディルは、ルキウスを放置してロジェへと声を掛ける。ロジェが牽制するように小さく頭を振っても、彼はまったく気が付かない。


「何かあったら帰ってくるようにって、口酸っぱく言ったよな? 手紙だって送っているのに、返事もしやしない。俺らがどんだけ心配していると思ってるんだ?」

「心配されるような事は何もない。毎日充実しているから、返事なんてしてる暇はない」


 何もされていないと言えば、ナニかはされたが、今では不当な扱いはされていない。

 ロジェもあの時の事を蒸し返すつもりはなかった。

 クラディルが溜息を吐き、ロジェを見据える。


「シン。何年の付き合いだと思ってるんだ? ……随分痩せたよな? お前のことだからまた、無理をしているんじゃないか?」

「うるさいな、何もないって言って……」


 ルキウスから更に強く抱きしめられ、ロジェは言葉を止めた。仰ぎ見ると、先ほどの怒りを治めたルキウスが、まっすぐクラディルを見据えている。


「……こいつはもう、アカツキには戻らん」

「……ルキウス殿下。聞き捨てなりませんね。それは一体、どういう……」

「アカツキの当主には、明日にでも通達を届けよう。……シン・アースターを第一司令部へ異動させ、俺の専属秘書官に任命する」

「……っ!」


 ロジェが口を開こうとすると、ルキウスは腕の力を緩め、ロジェを置いたまま踵を返した。

 立ち去っていくルキウスを皆が唖然として見送ったが、ロジェはその背を追いかける。


 足が長い彼は、あっという間に広間の奥へと消えていく。扉を抜けて廊下まで出た所で、ロジェはやっとルキウスに追いついた。


「閣下! 申し訳ありません、あいつは……」

「あいつ⁉ アカツキの息子と、随分と仲が良さそうだったな?」


 振り向くなり放たれた言葉には、凄まじい苛立ちが感じられた。白銀の髪が激情と共に揺れて、ロジェはこんな時でも彼を綺麗だと思ってしまう。

 

「お前はアカツキ領の者だが、今は俺のものだ! お前が今までどうやって生きて来たかは知らんが、これからは俺の為に生きてもらう! 分かったか!」

「閣下……」

「閣下と言うなと、何度言ったら分かる⁉ この……っ。……お前、なんて顔してるんだ……⁉」

「え?」


 自身の頬に触れて、ロジェは初めて自分が笑っている事に気が付いた。むにむにと頬を揉んでみるが、口角がどうしても上がってしまう。

 どうしても、嬉しかったのだ。

 『俺の為に生きてもらう』など、夢にまで見た言葉である。


 笑みを作り出してしまう唇を手で覆うと、顔が真っ赤に染まっていくのが分かった。漏れ出しそうな笑い声も必死で抑え込む。


 そんな様子のロジェを、ルキウスは黙って見つめていた。いつのまにか彼から怒りは消え失せ、毒気の抜かれた顔で、ただロジェだけを見ている。

 そして少しの間の後、彼は穏やかに踵を返した。


「……少し、頭を冷やす。ついてくるな」

「はい……」


 返事をしながら、ロジェは今更ながら猛省した。

 ルキウスは心から怒っているのに、ロジェの浮ついた態度は気に食わなかったに違いない。

 口を覆っていた手を降ろして、ロジェは肺の中の空気を溜息と共に押し出す。


(……まさかクラディルがいるとは……)


 ロジェはマグウェルに拾われ、アカツキ領で療養することとなった。始めはただの患者として扱われていて、ロジェも身体が治ったらアカツキを離れるつもりでいたのだ。

 しかしあれよあれよと言う間に、ロジェの抱えている様々な問題が浮き彫りになり、アカツキ領に留め置かれることとなった。


「シン」

「……クラディル……」


 振り向けば、そこにはクラディルとその妻であるオーガスタが立っていた。クラディルはロジェの姿を上から下まで眺め、小さく溜息を吐く。


「シン、その服……とても似合ってるよ。あいつから貰ったんだろう? だけど……俺の言いたいことは分かっているよな? そもそも俺は、シンが王都に行くのは反対だったんだ。父上がお許しになったとはいえ、今でも気持ちは変わらない。……マグウェル様も心配し通しだよ。もちろんルーナさんも」

「……分かってる」


(……ここでルーナさんの名前を出すの……ずるいだろ……)


 ルーナはマグウェルの助手をしていたヒト族で、彼女には子供がいる。魔族との間に出来た子だ。


 ルーナは貧しい村に生まれたが、慎ましくも穏やかな生活を送っていた。その生活を打ち壊したのは『貧しいヒト族を庇護する』という名目で現れた魔族だったのだ。

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