28.

*****


「晩餐会、ですか……。これは……すごいな……」


 ザザドから渡された招待状を開き、ロジェは思わず苦笑いを零しつつ肩を竦めた。


 かなり大規模な晩餐会であり、主催はルキウスの義兄であるガイナス・フェルグス公爵だ。揃う顔ぶれも相当なものだろう。

 魔王族が勢揃いの晩餐会となると、相当迫力がありそうだ。


「豊作祭に合わせて行われる晩餐会です。ルキウス殿下は毎年、この晩餐会だけは参加されています」

「へぇ……」


 ザザドの丁寧な説明にも、気の抜けた返事しか返せない。魔族の晩餐会なんて、元人間のロジェにはまったく想像できないものだった。


 半魔の晩餐会には参加したことがあるが、あの時はジョルノの侍従として付いて行っただけだ。半魔は穏やかな人が多く、人間の晩餐会と変わらないように思えた。

 しかし魔族となると、そこも大きく変わってくるのだろう。


 例のごとく執務机に足を放り出していたルキウスが、椅子を軋ませる。


「へぇ、じゃない。お前も行くんだ、華奢猫」

「へぇ……って、僕が⁉ なんで⁉」

「俺の寵愛を受けている者だろう。……自覚はいつ備わるんだ?」

「えぇ……」


 露骨に嫌そうな表情を浮かべると、ルキウスの眉が跳ね上がった。

 

「何か問題でも?」

「……僕は半魔ですよ? 魔族の……それも力のある王族たちが集まる晩餐会なんて、あまりにも場違いではないですか?」


 半魔、という身分が魔族らに受け入れられ始めたのは、たった数十年前のことだ。それ以前はヒト族と同じく虐げられており、未だに差別は根深い。

 種族としての優劣はさることながら、魔族には長く続いた歴史がある。半魔に国は無いし、常に魔族の下に付いていくしかない存在だ。晩餐会なんて参加できる身分ではない。


 ロジェが難色を示していると、ザザドが指を顎に当て、う~んと唸った。

 

「しかし困りましたねぇ。アースター様がいないと、殿下に女性らが群がってしまいます。さぞかし面倒でしょうねぇ、殿下?」

「ああ。面倒過ぎて頭が痛い」

「頭? またですか?」


 ルキウスが額に手を当て、更に椅子を軋ませながら仰け反る。そのまま倒れてしまいそうで、ロジェは慌てて駆け寄った。

 ルキウスは頭痛持ちで、特に苛々した時に痛みを訴える。痛みが不快感を呼び、更に悪循環を招いてしまうのだ。


 ロジェはルキウスの後頭部に手を添え、顔を覗き込む。顔色は悪くないが、表情は痛みに歪んでいた。


「大丈夫ですか? 少し寝ます?」

「ああ、寝る。膝を貸せ。それと晩餐会に参加しろ」

「は……。いや、待て待て、さらっと進めない。膝は貸せますが、晩餐会には……」


 額に乗せられた手の隙間から、ルキウスの緑色の目がじっとロジェを見つめる。


「甘やかしてくれるんじゃなかったのか」

「晩餐会に参加することが、甘やかすことになるのですか?」

「なる」

「……分かりました。ほら、寝ますよ」


 促すと、ルキウスは颯爽と立ち上がった。そしてロジェの腰を引き寄せると、半ば引きずるようにしてソファまで歩を進める。本当に頭痛に襲われているのか疑わしいほどの動きだ。


 ロジェがソファへ座ると、間髪入れずにルキウスは横になり、ロジェの膝を枕にする。

 ザザドはルキウスとロジェの方に向き直り、何事も無かったかのように先ほどの続きを始めた。


「では、参加という事で良いすね。今日中に衣装係がアースター様の寸法を測りに来ますので、そのつもりで」

「え? 話が早すぎません?」

「いいえ、早すぎませんよ。なるべく早めに来させますので、暫くはここにいて下さいね」


 ザザドがブランケットを棚から出し、ルキウスの身体へと掛ける。ロジェはそれを直しつつ、溜息を押し殺した。


 晩餐会には、出来る事なら参加したくない。ルキウスの側にいれば、その素性を探ろうとするものが出るかもしれない。

 寵愛を受ける役回りを引き受けたものの、まさか公の行事にも参加することになるとは思ってもみなかった。


「華奢猫、頭」

「ああ、はい」


 急かされたロジェは、膝の上のルキウスの髪を撫でた。すると彼は心地よさそうにゆっくりと瞼を閉じる。

 ルキウスの細くて滑らかな髪を、ロジェは指に絡ませる。銀の房を指で辿ると、懐かしさと切なさでぐっと心が詰まった。


 自身の立場の危うさは、ロジェが一番良く分かっている。しかしルキウスから離れたくはない。

 もう少ししたら、ロジェはアカツキ領に戻らなくてはならない。それまでならと思っていたが、それ以降の事を考えていなかった。


(身の振り方を考えなきゃなぁ……)


 ルキウスの額に唇を落としたいのを我慢して、ロジェは誰にも知られない溜息を吐き出した。




 多忙な日々は続き、晩餐会の日はあっという間にやって来た。


 馬車から降りたロジェは、慣れない正装をぱたぱたと叩く。

 白を基調としたコートには青の刺繍が施され、袖やシャツには控えめなフリルがあしらわれている。首元はクラバットを巻き、傷痕は完全に見えない。

 

「行くぞ、華奢猫」

「はい」


 ルキウスの声に反応しつつ、ロジェは慌てて俯く。


 本日のルキウスだが、言うまでもなく恐ろしく格好が良い。

 黒を基調としたテールコートには青と金の刺繍が施され、王族らしくブローチもじゃらじゃら付いている。

 本人と併せてやたらキラキラしているので、ロジェには直視が難しいのだ。

 

「俯くな、顔を上げろ」

「はい」


 言われるがまま顔を上げ、ロジェはルキウスではなく会場となる公爵邸を見上げた。

 豪華な屋敷は職場で見飽きていたとは思っていたが、ここの屋敷はまた違った印象だ。


 第一司令部は荘厳さがあるが、公爵邸は華美な雰囲気を大事にしているようだ。前当主が女性だったからでもあるだろう。


 かつて最強と言われた皇女、フィオナ殿下。没してから15年が経つが、未だに彼女を崇拝する者は多い。

 今はガイナスが当主を務めているが、その高い地位はフィオナが現役だった時代から保たれたままであるという。

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