24.

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『____ お前さん、もしかして……。おい、辛いだろうが……私の言葉を聞いてくれ』


 うつ伏せになったまま魔傷の手当を受けていると、ロジェの視界に誰かが映り込む。


 長くて尖った耳は横にピンと伸び、乳白色の髪はきっちりと後ろで纏められている。妖精族のマグウェルは、齢500歳を超える伝説的な医師らしい。

 500歳と言えど見た目は青年で、死にかけていたロジェも初見は驚いたものだ。


 拾われて数週間が経った頃だろうか、ロジェの意識がやっと定まりかけていた頃、マグウェルが驚愕の表情を浮かべて言った。


『君は、ヒト族なのか?』


 こくりと小さく頷くと、マグウェルは更に目を見開いた。宝石のような瞳が、くるりと色を変える。医師として予想外な事があると、こうなるらしい。


『では……君はオメガだったかい?』


 首を横に振りたかったが、傷が痛んで顔を歪める。しかしマグウェルにはそれで通じたようだ。「やはり」と口に含むと黙り込んでしまった。


 魔傷の手当をしていたルーナが、ロジェの背中を労わるように撫でる。

 彼女はマグウェルの助手をしているヒト族の女性だ。吐き出す吐息が震えていて、まるでマグウェルの言葉を、ロジェより恐れている気がした。


『……うん。率直に言おう。……君は強制的にオメガにさせられた可能性が高い。そして恐らく番契約も結んでいる。……相手は魔族だ。自覚があるかい?』

『……つ、がい……?』


 第二の性の教育は幼い頃に一通り受けていた。しかしそれはおとぎ話の延長のようなもので、真剣に受け取ってはいなかったのだ。

 番になるには、どんな行為が必要だったか。記憶を辿れば、思い当たる節しかなかった。


『……こんな事が出来るのは、ほんの一握りの……いや、かなり限られてくるな。君の項に、強大な魔力の流れを感じる。ヒトには本来、魔力はない。……お陰で君は、もうヒトじゃなくなっているよ。半魔だ』

『……え……』

『信じられないよ、恐ろしい事だ。なんて所業だろう……! 君は同意したのかい? ヒトの子を強制的にオメガにし、半魔にし……手に入れるなど……私には狂気の沙汰にしか思えん。相手は誰だ? 恋人だよな?』

『……』


 ロジェが頷かないのを見て、マグウェルは悲鳴のようなものを飲み込んだ。次いで眉間の辺りが真っ赤に染まっていく。

 見かねたルーナがロジェから離れ、マグウェルへと駆け寄るのが見えた。

 足が悪い彼女は、片足を引き摺りながら近付く。その様子を見て、マグウェルが更に怒りを露わにする。


『魔族というものは、これだから嫌いなのだ! 凶悪で残酷で身勝手で……数百年前からまるで変わらない! ルーナも分かっているだろう! 君のその足は、魔族のせいで……』

『マグウェル様! この子にはまだ酷な話です。まずはこの子の身体を治さないと……』

『しかしルーナ! この子はまだ、少年だぞ! ……あまりに鬼畜ではないか!』

『そうですが、ここは……気を落ち着けて下さい!』


 おや? とロジェは目を瞬かせる。どうやら二人の間で、ロジェは未成年扱いらしい。

 拾われてからここまで、ロジェはまともに話が出来る状態ではなかった。生きるのが精一杯で、自己紹介なんて当然していない。

 だからマグウェルもルーナも、ロジェが何族で何歳なのか、そして名前すらも把握していないのだ。

 

 そしてロジェは、その時初めて自身の身体の変化に気付いた。視界に映る自分の手首が、かなり細くなったように思える。

 眼球を動かしてみれば、あまり筋肉のついていない前腕が見えた。筋張っていない滑らかな腕だ。

 ロジェの身体は、もっと筋肉質だったはずだ。馬鹿みたいに剣を振るっていたため、腕は特に筋肉質だった。それが華奢といえるほど、細いのだ。


 オメガ。という単語が頭に過る。男性であるのに女性のような可憐さを持つ生物。

 自分はそれになってしまったのだ。項を噛まれてからたった数週間で、身体には確かに変化が起こっていた。

 マグウェルとルーナの会話が、ぼんやりと滲み始める。


『……オメガだとしたら、ヒートが心配だ。……番がいるからフェロモンを出すことはないが、ヒート期間は辛いものになるだろう。……しかしこの子の項は……魔傷で覆われている。もしかすると……』

『マグウェル様。考察なら別の部屋で……』

『ああ、すまない。しかしあまりにも……』


 二人の会話を聞きながら、ロジェは目を閉じた。眦から零れ落ちた涙が何を意味するのか、自分にも分からない。


 ロジェは剣を極め、ルキウスの役に立ちたかった。しかしそれは、恐らく叶わない。身体が変わってしまったからだ。庇護される側の身体に。


 それを嘆き悲しみたいのだが、どこかで嬉しいと感じる自分がいる。

 ルキウスがロジェを欲して、何かをしたのならば……それは素直に嬉しいと感じる。彼好みの身体になったと思えば、どうしてか怒りなど微塵も湧かなかった。


 それぞれの相反する感情に翻弄されていると、身体の方が悲鳴を上げる。

 そしてその日からロジェは、死んだように眠って過ごすことが多くなった。

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