15.
「……っ⁉」
熱風が吹き荒れて、ルキウスとロジェの身体は木偶のように弾き飛ばされた。ロジェは成す術もなく地面に叩きつけられ、激しい痛みに息が一瞬止まる。
遠くから、ルキウスの声が途切れ途切れに聞こえてきた。
「……レン……! ……!」
「ウィンコット! ここだ!」
声を上げるも、また近くで火柱が上がった。大雨だというのに火の勢いは衰えず、周囲の森を燃やし尽くしていく。
更に熱くなった周囲の空気は、湿気と共に身体に纏わりつく。雨と煙が視界を覆い、ルキウスがどの方向にいるのかさえ掴めない。
「……なんだ? な……なにが起きて…………んぐっ⁉」
突然羽交い絞めにされ、口元に何かが押し当てられる。ロジェは咄嗟に口を開け、押し当てられた手の平に歯を立てた。
くぐもった声が後ろから響き、口から手は離れた。しかし羽交い絞めにされている腕は、まだ巻き付いたままだ。
後ろへと引き倒され、今度は喉元に短剣を突きつけられた。後ろから拘束されたままずるずると引き摺られ、茂みの中へと引き込まれる。
「……はな、せ……ッ! 誰だ!」
「しー……。って言っても、この雨と爆音じゃ、何も聞こえないよな。……耳を済ませてみろよ」
「……っ⁉」
ロジェは呼吸を一度止めて、耳を聳てた。
激しい雨音と爆音、何かの破壊音。それに混じって、悲鳴のようなものが聞こえる。そして怒り狂った魔獣の咆哮も。
あれほど探してもいなかった魔獣の声だ。それが今になって、誰かに襲い掛かっている。
恐らく標的になっているのは、この訓練に参加した同期たちだ。隠れて訓練を見守っていた教官らも例外ではない。
痛いほどに肌が粟立つ。もしもルキウスに危機が迫っていると思うと、自分のことのように恐ろしくてならない。今すぐ駆けつけて、その背を守りたい。
しかし後ろの男は、ぎりぎりと拘束する力を強める。
「可哀想になぁ。巻き添えを喰って」
「……巻き添え? どういう……」
「お前だよ、ロジェ・ウォーレン」
「……俺が⁉ ……っいッ!」
喉元の剣がぐっと寄り、喉に鋭い痛みが走った。深く刺すことはせず、まるでロジェの抵抗を奪うかのように、ちくりちくりと血の跡を増やしていく。
「お前の親友、第九皇子ルキウスだが……今や王座争いの筆頭候補だと知っていたか? 魔王の後釜争いは熾烈を極める。ルキウスが若いうちから潰しておこうという輩は、想像以上に多くてな。……まさかルキウスも、合同訓練中に手を出されるとは思ってもみなかったんだろう」
「……っあ、あいつを殺すつもりなのか⁉ まさか魔獣もお前らが⁉」
「俺らは違う。……魔獣を使った襲撃という点では、あいつらも良く考えたと思うが……あんな事で、ルキウスは死なない」
「……俺ら? あいつら……? お前らは……」
「おっと、動くなよ。今度こそ喉元搔っ切るぞ」
振り向こうとしても、喉にある剣が邪魔をする。もう何度も切っ先が沈み、その度に鋭い痛みが襲う。しかしロジェは、痛みよりもルキウスの身が気になって仕方がなかった。
男の言い方だと、魔獣を仕向けている襲撃者と男は、別の組織だろう。しかし別々の組織が、同日に偶然行動を起こすとは考えにくい。
「この襲撃があると分かって……お前らは……」
「おお、正解。意外と賢いな。……あいつらはルキウスを襲撃しているが、恐らく返り討ちに合うだろう。俺らはこの襲撃を利用して、上手を取る。そのために必要なのが、お前だよ」
「俺? どうして?」
「どうしてって、無自覚なのか? お前、ルキウスの大事な大事な男なんだろう?」
どく、と心臓が跳ねる。唾をごくりと飲み込むと、剣先が喉の皮膚を引っ搔いた。
「王都に流れている噂があってな。……この国で一番優秀な皇子が、人間の男を魔族の軍に入れたいと、世迷いごとを言っているという話だ。信憑性の薄い噂だが、俺らはそれが事実だと突き止めた。……お前、ルキウス殿下の弱みになってるんだよ。自覚ある?」
「……っ⁉ そんな……」
「残念ながら本当なんだなぁ。……馬鹿な第九皇子は、厄介なものに執着しちまったようだな」
拘束する手が強まり、襲撃者の声が近くなる。耳元で囁かれる言葉は、まるで呪いのようにロジェを追い詰めた。
「大切なものが脆弱なほど、王座争いは苦労するぞぉ? ……魔族の公爵の娘とかにしときゃ、身内も盤石だし狙われ辛かったのに、まさかまさか、人間とはなぁ。笑えるよ。……お前を掌握しとけば、ルキウスは思いのままだ。ルキウスを殺すなんて惜しい惜しい。あんな優秀な人材を手元に置くことが出来れば、我が主の地位は更に盤石だ」
「……っ、ふざ、けんなッ! 俺はあいつに守ってもらわなくても………っ!」
「っはは、笑える。……お前みたいなヒト族、魔族にとっちゃ虫けらと同等だぞ? ……現にお前、俺から逃げられないし」
「……ッ」
心臓はばくばく音を立てているのに、地面についた手からは血の気が引いていく。
確かにロジェは、この纏わりつく手を振り解けないでいる。大きな体格でがっちりと抑えられれば、力の差は嫌でも思い知らされた。
(…………俺が……あいつの足枷になる? そんなの………)
ロジェは指に力を込め、痺れていた手を握り込んだ。
この数か月を一緒に過ごし、ルキウスの役に立ちたいという願いは日に日に強くなっていった。少しでも強くなって、彼を支えたい。どんな役割でもいいから、側にいて尽力したい。
そんな自分がルキウスの障害になるなど、ロジェに許せるわけがなかった。
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