6.
次に意識が戻ったとき、ロジェはやっぱり絨毯の上にいた。昨晩と違ったのはルキウスがまだ執務机にいて、着衣を整えていた事だ。
ルキウスはちらりとロジェを見下ろすと、一つ舌打ちを零した。そしてハンガーに掛けられていた自らの外套をロジェの腰辺りに投げ捨てる。
「歩けるなら、出ていけ。清掃班が入る。……歩けないのであれば、人を呼ぶ」
「……あ……る、ける……」
がっさがさに掠れた声が情けない。
身体に掛かる外套は、恐らくロジェを労わってのものでは無い。ロジェの臀部や腹あたりにもべったりと貼り付く、行為の名残を隠すためだろう。
今回はロジェの分も付着しているので、尚更気に食わなかったのかもしれない。
清掃班が入室する気配がして、ロジェは外套の下でズボンを引き上げた。外套を掴んでふらりと立ち上がると、ルキウスが冷たい視線を外套に落とす。
「その外套はもう要らん。捨てておけ」
「……はい……」
ルキウスの匂いがする外套を、ロジェはぎゅっと握り締めた。痛む身体を、心を引き摺って、ロジェは執務室を出る。
*
その日から、ロジェの地獄が始まった。毎晩のように執務室へ呼ばれ、激しく犯されるようになったのだ。
文官たちがどれだけ上物の相手を用意しようと、まるで嘲笑うかのようにルキウスはロジェを選ぶ。
夜通し攻め立てられ、夜中に解放されるなら良い方だった。明け方まで執拗に弄られ、そのまま仕事に向かったこともある。
昨晩は夜が更ける前に解放されたが、一層激しく攻め立てられた。今までは手加減していたのだと思い知らされた上、朝方まで立ち上がれなかったほどだ。
そして今、溜まった書類に目を通しながら、ロジェは眉根をぐいぐいと揉み込んでいる。
文官としての業務は相変わらず多忙を極めていた。夜はルキウスの相手をしているため、とにかく身体を休める時間がない。
「アースター。……お前、ほんとに大丈夫か?」
「……ああ、もちろん。俺は元気だよ」
「うっわ、声ひど。絶対大丈夫じゃないだろ……」
散々喘がされて、ロジェの声は老人のようになっている。
昨晩は『声が耳障り』とルキウスが苛立ち、口に布を嚙まされた上で行為を受け入れるはめになった。しかし口を防がれたとて、喉への負担は変わらない。
ロジェは手元にあったのど飴を手に取ると、口へと放り込んだ。
「言ったろ? 身体は丈夫なんだ」
「……お前、毎日のように鬼将軍に呼ばれてるよな……? 睡眠はちゃんと取れてるのか?」
ロジェは緩慢に視線を動かし、半目のまま同僚の顔を見る。コーレンの目の下には、べったりとどす黒い隈がついていた。
頬はこけて、明らかに健康そうではない。机の上には大量の書類と、空になって転がった小瓶が見えた。
「……回復薬を水代わりに飲んでるやつに、言われたくないなぁ。コーレンこそ寝れてるのか?」
「俺は平気だよ。こう見えても魔族だし、魔力さえ供給できれば身体は動く」
「無理やり動かしてるだけだろ? その回復薬、俺にもちょーだい」
「いいが、少しだけにしろよ。半魔のお前には強すぎる」
コーレンが一番下の引き出しを開けると、そこには色とりどりの回復薬が並んでいた。中にはどぎつい色をしたものもある。
一番小さな小瓶を取り出して、コーレンはそれをロジェに手渡した。
「これ飲んだら、仮眠室で少し寝ろ。まじで倒れるなよ、俺らのために。……戦力はぎりなんだから、休んでさくさく働け」
「……分かったよ。少し寝る」
冷たく突き放すような言い方だが、ロジェには分かる。コーレンはロジェが気兼ねなく休めるよう、言い方を考えてくれているのだ。
臨時で来た職場だったが、ここにいる魔族は本当に気が良い。過酷な労働のせいでギスギスする暇もないのかもしれないが、それを抜きにしても優しいと感じる。
ロジェのような半魔は差別されやすいのだが、ここでは対等に扱ってくれている。本当に良い職場だと思う。
制服の詰襟をきゅっと引き上げて、ロジェは服越しに項へ触れる。
(でも……もし俺がヒトだったら……また違うんだろな……)
仮眠室に入ると、二段ベッドの上では文官長がでかいいびきを搔いていた。ロジェはその下段に横になり、持ち込んだ書類を広げる。
『仮眠室に仕事を持ち込むな』と同僚に咎められたが、この報告書のことは気になっていた。
軍部からの報告書で、ルキウスへの襲撃を未然に防いだというものだ。
(前もって襲撃の情報を掴んだ第三騎士団は……身代わりの籠を用意して、別部隊を編成して待機。……襲撃者はその場で殲滅され、身元も明らかになってる。……今回は三兄が首謀者……相変わらず、王座を掛けた殺し合いは続いている……)
唇に指を当て、ロジェは眉根を寄せた。
実はこの『襲撃の情報』は、ロジェが匿名で提供したものだ。
ロジェは数年前から、色んな場所に出向することによって、パイプを各方面に張り巡らせていた。
そして襲撃の情報が得られれば、第三騎士団へと提供し続けていたのだ。
ロジェは信頼のおける人材を各方面に確保して、なるべく信憑性の高いものを提供するようにしていた。
掴んだ情報の信憑性は様々で、それを精査するのが一番時間がかかる。結果的に提供できる情報は少なくなってしまうが、少しでもルキウスの助けになればそれで良い。
今回の襲撃は大掛かりなものだという情報だったが、まさにその通りだったようだ。
身代わりに使った籠と馬の費用と、惜しくも犠牲になった兵士への
実行犯の数は30名超と、かなり大規模な襲撃だったのだろう。それを制する戦いが、どんなに熾烈だったか、文官であるロジェには想像もつかない。
書類を指でなぞって、ロジェは憂いを含んだ溜息を吐き出す。
(それにしても……殉職者が出たか……。しかも……まだ若い兵士じゃないか……)
未だに繰り返される、後継者による王座をめぐる争い。戦いを好む魔族の皇子として生まれれば、例え望んでいなくても苛烈な戦いに身を置かなければならない。
そして巻き込まれるのは当人だけではない。ルキウスの部下たちはこれまで何人も、彼の兄弟によって殺されてきた。
皇子の部下となるのは栄誉な事だが、その分危険も多い。だからルキウスは、部下に対して厳しい態度で接しているのではないだろうか。
(……情がないって言うけど……ちゃんと、部下のことを考えてるんだ……よな……。俺も……もっと……)
目の前の文字がぼんやりと滲みだす。ロジェは枕へと倒れ込み、半ば意識を失うように眠りの淵へと飛び込んだ。
そして、16年前の夢を見る。
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