3.

 16年前の記憶は今でも鮮やかに蘇る。鮮やか過ぎて胸が焦がれ、ロジェにとって残酷とも言える記憶となっていた。

 思い出そうとしなくても、夢にだって出てくる。


 ルキウスはずっとロジェの心を陣取り、16年が過ぎようとも消えはしない。

 たとえ、ルキウスの中にロジェはいなくても。



+++++


「……う……くしゅん! ……あ?」


 瞼を開いてみると、そこには赤い繊維が見えた。均一に整えられた上質な繊維、これは絨毯だと、ロジェは頬に当たる感触であたりをつける。


 うつ伏せになったまま腕に力を入れ、ぐっと背中に力を入れる。すると身体のどこかしこが悲鳴を上げ、ロジェは成す術もなくまた突っ伏した。


 そしてロジェは自身の状況について理解する。

 衣服は身に着けている。しかしズボンは太腿の辺りまで下げられていた。つまり尻だけ出した状態だ。


「なん、これ。ひっでぇ……」


 震える手で臀部へ手を伸ばすと、尾てい骨あたりにべたりとした感触があった。殆ど乾いているが、ルキウスが放ったものだろう。尻には違和感があるものの、中から何かが溢れる感触はない。

 約束通り、中出しはされなかったのだろう。

 

『____ 今宵の相手はお前がしろ』


 その命令に頷いたロジェだったが、しかしルキウスへと二つ願いを申し出た。


 一つ、ロジェは着衣のまま、行為を受け入れる

 二つ、肚の中で精を放たない事


 ルキウスとロジェの身分差を鑑みれば、ロジェに条件を提示する権利はない。しかしルキウスはその願いをあっさりと、そして淡白に受け入れた。

 そして『その対価を差し出せ』と言わんばかりに、ルキウスは遠慮なしにロジェの身体を暴いた。


 ろくに慣らすことなく挿入し、思うがまま揺さぶり、外に放つ。それはまるで、人の身体という道具を使った自慰のようだった。何の感情もなく、ただ肉欲を満たすためだけの行為だ。

 しかしその行為を受け入れている側としては、堪ったものではなかった。


 魔族の陰茎は規格外の大きさで、行為に慣れていないロジェは、痛みと圧迫感に翻弄され続けた。

 容赦のない責めで何度も意識が飛び、痛みで覚醒しては涙を流す。それを何度も繰り返していたら、本格的に意識を失っていた。

 しかしロジェの意識がなくなってからもその行為は続いていたのだろう。尾てい骨から背中にかけての大量の精液の痕から、一回や二回で済まされなかったことは想像できた。


 窓の外は明るくなり始めている。


 ロジェの本来の職務は文官だ。人手不足が常な職場だから、休むという選択肢はない。

 軋む身体に鞭打って身体を起こし、ロジェはのそのそとズボンを引き上げる。

 なんとも情けない姿に、溜息すら出ない。


「……いってぇ……」


 好き勝手された身体はどこもかしこも異常を訴えていたが、特に後孔から腹の内側にかけては、痛みとも熱ともつかない違和感が付き纏っている。

 しかし痛む身体よりも、もっと辛かったのは心だ。


 かつて愛し合った相手に、玩具のように扱われた。その事実には耐え難いものがあった。

 しかし幸いと言うべきか、ロジェには16年という長い期間があった。

 16年前からの日々に比べれば、何でも耐えられる。精神も相当鍛えられ、今では鋼だ。


 ロジェは詰襟を正し、そっと項に手を当てる。


「……俺は耐えてやったぞ。どんと来いってんだ。……玩具でも何でもなってやらぁ」


 ふらりと立ち上がり、ロジェは横にあった寝台を見る。そこにも行為の跡があるが、ロジェがどうして絨毯の上に転がっていたのかは、考えないことにした。きっと最悪の答えしか出てこない。

 それよりもまずは風呂だ。力の入らない身体を引きずって、ロジェは執務室から出た。



 ルキウスが束ねる『第一軍司令本部』の文官として、ロジェが働き始めたのは、つい数か月前からだ。


 『軍司令部』と名は付くが、職務は軍の事に限ってはいない。ルキウスが受け持つ領地の管理やその他諸々と多岐に渡るため、王都にある機関で一番激務だと恐れられる職場だ。

 常に人手不足な状況のため、地方の役人たちが応援に駆り出されることもある。彼らは『出向者』と呼ばれていて、ロジェもその一人だった。


 王都の中心部にある第一軍司令本部は、大きな屋敷を何棟も連ねたような造りだ。

 大富豪が住むような豪奢な屋敷が、王都の一角にずらっと建ち並ぶ。まさに圧巻の一言だが、その佇まいと激務さから監獄要塞とも言われている。


 そして恐ろしい事に、この屋敷には職場と勤務者の宿舎がまるっと入っているのだ。つまり、いつでも労働に勤しむことができるという、大変ありがたい職場兼居住区なのである。



 宿舎でシャワーを済ませただけのロジェが職場に着くと、もう数人の同僚があくせく働いていた。皆して隈をこしらえ、大変健康そうだ。


「おはようさん」


 呟きつつデスクへ荷物を置くと、隣にいた同僚のコーレンが、口に含んでいたコーヒーを吹き出した。彼はそれを拭うことなく、慌ててロジェの肩を掴む。


「アースターぁぁ!?」

「きったね! なんだよ、どうした?」

「どうしたもこうしたもねえって! 俺たちはもう、お前が来ないかと……」

「ああん?」


 訝し気に周りを見渡せば、同僚たちはコーレンと同じような表情を浮かべていた。青ざめていて、まるで幽霊を見るかのような視線をロジェへと向ける。

 そこで思い出した。昨日はルキウスに呼び出され、そのまま職場に帰らなかったという事を。


「あー……すまん。ちょっと色々あって、直帰した」

「直帰なんて何の問題も無いわ! あの鬼将軍に呼ばれて、五体満足で帰ってきたやつなんて居ないんだぞ! ある者は病院送り、ある者は失踪、辞表を出しに来る元気があれば、奇跡だって言われてんのに……!」

「そうなのか? ……ひでぇな」


 ルキウスは魔族軍の大将を務めている。

 魔王の実子である彼は、兄弟の中でも抜きん出て優秀だった。何をさせても文句なしの成果を上げ、あっという間に大将の座まで昇りつめたのだ。


 しかし一方で、彼は魔族たちから畏怖の対象として見られている。その立ち振る舞いや行いが、鬼畜そのものなのである。

 期待に応えない部下には容赦がなく、徹底的に叩き潰すと聞く。自らが手を下すことも厭わない。

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