シロクロ



「…え?」


誰かの声が、静かな教室に響く。


ガラリ、と大きい音を立てて呆気なく開いた扉の先には当然授業を受けている生徒の姿があった。

その中の誰かが、俺たちの姿を捉えて思わず声を漏らす。



「お、オマエ…!」



教卓でさっきまで偉そうに授業をしていた教師が、顔を青白くしてこちらを指さした。


俺はゆっくりとその前を通り過ぎる。

どこへ座ればいいんやろう。とりあえず空いてる席に座ればあたりか。


窓際に3席、空席がありそこへ腰掛ける。



「なんスか?幽霊でも見たような顔して。」



ゼンはまだ教卓前にいて、トンと其れに触れながらニヤリと笑った。

全く問題は起こさないって約束したばかりなのに、もう脅している。



「ゼン、」



咎めるように名前を呼ぶと、ピクリと肩を動かしたあと、舌打ちを1つ零してから俺の隣の席に付いた。

その時。タイミングを図ったかのようにチャイムが鳴り、教師は駆け出して教室を出ていった。



「、なんできたの?」


「怖いよねぇ。」


「来んじゃねえよな、ゴミ」



窓の外へ目を向けていると、そんな声が耳に入ってくる。休憩時間、か。来る時間を間違えたな。

外へ向けていた其れを教室内へ戻すと、沢山の軽蔑の目や畏怖の目のかち合った。


ああ、変わってねぇか。そりゃそうだよな。



「ねぇ、たしかあの席」


「ウン、」


「その席に座るんじゃねぇよ。」



ヒソヒソ、と声が聞こえるが、俺たちに直接は誰もいいに来なかった。俺はその中の1人、前の席の眼鏡の真面目そうな男に目をつけて、なぁ、と話しかける。

ひっ、と合わさった目を慌てて逸らした奴に、後ろからトントンと肩を叩く。



「これ誰の席なん?」



確かに空席は3つ。2つは俺たち2人のだとすると、あと1つは?

素朴な疑問だった。さっきまで授業中やったはず、その時からおらんってことは、サボってるってことやろうし。そりゃ、単純に気になるやろう?



「ひっ、」



前の席の男は、大袈裟に肩を揺らして脅えたようにガタガタと震える。こりゃあ、話にならんなあ。

そう勝手に決めつけ、もう寝ようと目を閉じようとした時、



「化け物、」



という声がやけに大きく響いた。


ガタン、と椅子の倒れる音がして隣でクリームの髪が揺れる。



「うっせぇ、黙れ。」



しーん、とその場が静まり返った。

ゼンの言葉ひとつで静かになるんやったら元から言わんかったらいいのに。

ほんまに優しい仲間想いやからなあコイツ。


物音1つしない教室に、ゼンの舌打ちが虚しく響いた。



「今日はやけに静かだと思ったら、」



気配も何も感じなかった。

突如其の教室に落とされた透明な声。

ーーその瞬間、教室に色が戻った。

キャアアア!と黄色い悲鳴が、室内に響く。



「アキさん!!」



前に座っていた男が、バッと立ち上がり頬を赤く染めて駆け寄る。

駆け寄った先にいたのは、ミルクティの髪を揺らす女だった。ソイツは其の男をチラリと一瞥した後、俺の横で足を止める。


茶色い瞳に、冷たい色を宿して俺を見下ろした。



「ここ、私の席なんだけど。」



その凛として、透明で、どこか冷めた声は俺の耳によく入り込んできた。でも周りの瞳とは違う、其れに軽蔑や侮蔑、畏怖は写っていない。

俺はその言動に、立ち振る舞いに目が離せなかった。



モノクロだった教室が、ぶわりと色付き始めた気がした。


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