第22話 Je bent lief④




 他人に迷惑をかけることなくうまく生きていたのに、なぜ私があんな嫌な目に遭わないといけなかったのか。


 レイナたちに反対されていたのにイザークと付き合うなんて、どうして私はあんなに人を見る目がなかったのだろうか。


 なぜイザークは、私にあんなひどいことをしたのだろうか。



「彼がクズだからに決まってる決まってるじゃない!」


 レイナならそう吐き捨てるだろう。


 でも……


「合縁奇縁」という言葉を聞いて、五年以上経ってやっと私の中ですとんと腑に落ちたことがある。



 イザークと出会ってしまったことは、私の人生において不可避だったこと。


 彼がひどい人だったのは、出会った相手が私だったから。



 人は、いつ誰と出会うかによってその人との縁が決まる気がする。


 私は彼とは、ひどい別れ方をする運命だったのかもしれない。


 そういうめぐり合わせだった。



 きっと誰にでも、いい出会いと悪い出会いはある。





「お願いだから、わざわざ私に会いに来ないで」


 5年前、図書館の外で声をかけてきたイザークに、私は何の抑揚もない声で静かにそう告げた。


「図書館に来たなら、止めようがないけど。私を見かけても声かけないで、無視してくれたらいいわ」


 会いたくなかった。話したくもなかった。私を騙していた人となんて。



 何も言わないで佇んでいる彼に呆れて、私はそのままその場を去ろうとした。その時ようやく、彼が口を開いた。




「……会いたかった、エリカ」




 私は不快感に眉をひそめた。


 何を言ってるの?




「私はもう、二度度会いたくなかったよ」


「それでも、俺は会いたかった」


「いまさら何? もう話すことないって言ったよね?」


「でも俺は、ある」


「残念ね。私は、ない」



 去りかけた私の腕を、彼がとらえた。ざわざわと鳥肌が立った。


「離してよ」


「いやだ」


「ふざけるのはやめて」


「眠れないんだ、もうずっと」


 私は鼻で笑った。


「は。薬でも飲みなよ」


「エリカ」


 つかまれた手首は、自由を奪われて動かない。私は苛立っていった。



「あなたが眠れても眠れなくても、私には何の関係もない。誰かに見られて誤解されたらいやだから、離してってば」


 びくとも動かない大きな手の甲に、私はスマホを二、三度打ち付けた。


 痛みでイザークは私の手を離した。


 その隙をついて、私は思い切り走りだした。



 息を切らして、凍てつく石畳の道を夢中で走った。彼は追いかけてはこなかったけれど、私は走るのをやめなかった。



 それで私は確信した。


 何度もかかってきたあの番号。


 調べてみると、ある三ツ星ホテルの番号だった。


 それは、イザークの婚約者が滞在していたホテルだと、共通の知人から聞いて分かった。





「最低な奴。彼女と一緒の部屋から、あなたにかけてきてたなんて」


 レイナは憤慨した。


 最後に分かれた日に、私はイザークの連絡先をスマホからすべて消した。何度かかかってきたスマホの番号は着信拒否にした。だから見慣れない番号でかけてきていたのかもしれない。




 ただただ、腹立たしかった。


 彼は一体、何がしたいんだろう?


 私のことを、何だと思っているんだろう?


 きっと、自分のことしか考えていないのだ。




 せっかく通り過ぎた災難を忘れられそうだったのに。


 つかまれた手首が赤くなって、熱を帯びる。じんじんと痛んで、怒りで震えた。


 それから後も見覚えのないいくつかの番号から着信があったので、知らない番号はすべて着信拒否にした。


 悲しかった時は過ぎて、腹立たしさだけが残っていた。


 相変わらず彼は婚約者を連れていろいろなところに出没しているようだった。私は彼らに出くわしたくなかったので、あまり外出しなくなっていた。


 私の落ち度は、なかったはずだ。あるとすれば、レイナの忠告に従わずに、彼と付き合ったこと。




 私は堂々としていればいい。



 でも……



 私は傷ついていた。


 私は、選ばれなかったから。



 あっさりと、捨てられたから。



 そしてその理由は、あまりにもひどいものだったと知ったから。


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