第14話 Gezelling④
窓の外には小さな庭が見える。窓の間の小さなガラスの扉を開けると、白い木枠のサンルームが広がっている。その中央には木製の大きなアイランドテーブルがあり、木をそれを囲んで木をそのままスライスしたようなベンチもある。
「花の季節になったら、庭が見渡せてきれいでしょうね」
「まさにそれがコンセプトだよ。店の名前、『ガーデン・カフェ』だからね」
「彼のアイディアなの?」
私はコーヒーマシンと奮闘している店主をちらりと見る。
「そうだよ。この庭はお母さんの形見らしい。カフェにするにあたって、相談された。レヴィの紹介で開店まで手伝って、毎週花を届けることになったんだ」
大きなテーブルに花を広げながらエトは静かにそう言った。
マフラーを外しコートを脱いでベンチに置くと、白いシャツの袖をロールアップする。ブラックジーンズの腰のあたりに下げている小さな布製の袋から、切り花用のハサミを取り出す。
長い指が丁寧に花々の茎を仕分ける。チューリップのやわらかな香りが外気よりも暖かな温室の中にほんのりと香る。
「ああ、だからかな? このカフェはあなたに雰囲気が似てる」
「ええ? どういうこと?」
私の言葉にエトは困惑した微笑を浮かべる。
「
私はベンチに座り、頬づえをついてエトの作業を見ながらつぶやいた。
「うん?」
「大戦後の復興期に、ひいおじいちゃんがあの場所に小さなホテルを作ったの。1950年代の初めのころ。心が……心地よい場所にしようって、つけた名前がHotel Gezellingなの」
「ああ、ホテルの名前。そうだね」
「このカフェも、Gezellingだと思う。それはあなたが、そうだから」
「俺が?」
「そう。エトの雰囲気。Gezelling」
植物みたいな。
人を癒すというか、安心させるというか、落ち着かせるというか。
やわらかく、優しい雰囲気。
心が、穏やかになるような。
「は、はは。そんなこと、初めて言われた」
黄緑色のチューリップの根元をぱちんとハサミで切りながら、エトは笑った。
「そのチューリップ。黄緑色。初めて見た」
「ああ、これ? 一応品種的にはクリーム色ってことになってるけど、言われてみれば黄緑にも見えるね。ベロナっていう種類」
エトはそれを濃いダークパープルやはんなりと黄色っぽいピンクのチューリップと共に、大きな白い陶器の花瓶に生けた。
「チューリップって、赤とピンクと黄色……と白くらいだと思ってたわ」
私の雑な言葉に、エトはちょっと目を丸くして優しく細めた。
「この国で改良が進んで、今では種類も色もたくさんあるんだ。ほら、これもチューリプだよ」
エトが差し出した花を見て、今度は私が目を丸くした。
「うわぁ! ラナンキュラスかと思った!」
パステルピンクの八重咲の花びらは中心が淡い黄色で、縁に向かって白くぼかされている。いわゆる「チューリップ」と言えば万人が想像するような典型的な形はしていない。
「『天使』って名前なんだ。可憐でしょ?」
「うんうん。別の花みたい! こんなかわいらしい形もあるのね」
次々と魔法のように花瓶に挿されるチューリップたち。一足先にテーブルの中心は春爛漫の華やかさ。
手を動かしながら、エトはそれぞれの品種について語る。彼は本当に花が好きみたい。ホテルのロビーに飾る花を見たときも思ったけれど、センスも抜群にいい。
彼が花を生け終わるころに、ルートがマグカップにコーヒーを二つと、ホイップクリームがたくさん載ったアップルタルトを持ってきてくれた。
大きなカットのリンゴがごろごろと入ったサクサクのタルト。大きすぎる一切れを、私とエトは半分こした。
さっきまでの嫌な思い出は、いつのまにか私の頭から消え去っていた。
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