第13話 Gezelling③



「エリカ?」



 してはいけないことをしていたのを見とがめられた子供のように、私はびくりと両肩を微かにすくめた。


 息をのんで振り返ると、チャコールグレーのピーコートにモスグリーンのマフラーを顔半分までぐるぐるに巻いたエトが、小首をかしげて立っていた。


 彼は振り返った私を見て笑顔になった。


「あ、やっぱり。こんなところでどうしたの?」


 私はその笑顔を見てなぜかほっとした。おかしい。つい数日前に初めて会った人なのに、なぜか昔から知っているような安心感を与えられる。


「エト。さっき、昔からの友達に駅前で会ってきたの。帰る途中。あなたは仕事中?」



 彼の背後に回した手には、大きな花束が下げられている。色とりどりのチューリップ。彼は花がとてもよく似合うと思う。


 花が良く似合う男性って……そう思ったのは、彼が初めてだ。


 私はちょっと想像をめぐらせる。


 大きな花束を持って、パリの街を大股で歩くエト。きっとすごく人目を引くだろうな。アムステルダムの赤レンガの旧市街地でも、まるで絵のように様になっているけれど。



「おつかい中。この花をこの先のカフェに届けたら今日の仕事は終わり。暇なら、ちょっと一緒にどう?」


 彼は右手で花束をひょいと持ち上げて言った。


 なぜだろう? 自然に、本当に自然に私は笑顔でうなずいていた。



 私はエトと並んで歩き出した。


「大学の頃からの友達で、今はロッテルダムロファで働いてる。出張の途中で寄ってくれたの」


「じゃあ、学生の時以来の再会?」


「いえ。2年前日本に遊びに来てくれたし、画面上ではしょっちゅう話してた」


 本当に、不思議。


 初めて会って数日なのに、もとから親しい友達みたいに話せるなんて。エトは私にとっては本当に不思議な人だ。




 私は彼にレイナのことを話した。エキゾティックな美貌からは想像もつかない、破天荒で大胆な性格と情の深さ。歌がとてもうまいこと。ゼンザイが大好きなこと。


 エトは会ったこともないレイナの話をにこにことしながら聴いてくれた。カフェに行くまでの間、私は次々と彼女とのエピソードを離し続けていた。



「あっ、ごめんなさい。彼女のことばっかり話してた」


 途中で口をつぐむと、エトはくすくすと笑ったまま首を横に振った。


「いや、エリカは無口でおとなしい人だと思った。でも彼女のことを話していると、すごく饒舌なんだね。表情がころころ変わって……」


 私は目を丸くした。


「へ、変な顔してた?」


「そうじゃなくて。本当に仲がいいんだなってわかる感じ?」


 私が、表情がころころ変わっていた?


 本当に?




「着いたよ。ここ。実は、明日オープンなんだ」


 木枠にガラスがはめ込まれたドアを開けると、パステルグリーンの壁に白木のカウンターとテーブルとイスの明るい空間が広がっている。


「わぁ……すてきね」


 思わず感嘆のつぶやきが口から洩れる。エトはわたしをちょっと振り返ってくすっと笑い、カウンターの向こうでコーヒーマシンを調節していた若い男性に声をかけた。



 挨拶を交わしてエトは背後の私を指し示す。すると店の男性はこっちをひょこっと一瞥してにっこり笑むとウインクした。セミロングの金髪を後ろでひとつに束ねた青い瞳の細身の彼は、そのまま再びコーヒーマシンに戻って行った。


「彼は店長のルート。今取り込み中だから店内は勝手に見てもいいって」


「明日がオープンなら忙しいでしょうね」


「スタッフがいるから大丈夫じゃない?」


 エトは店内の奥のテーブルを視線で示した。女性が一人、男性が二人。メニューブックに紙を入れたり、何かの書類を確認したりしている。


「花を生けよう」


 そう言って彼は窓のほうを指した。



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