第12話 Gezelling②




ベイビィモッピー! ホントに戻ってきたんだね!」


 待ち合わせをしていた中央駅近くのカフェに入ってくるなり、レイナは走り寄って私をがっしりとハグした。


「ひさしぶり、レイナ。と言っても画面上ではそんなにでもないけど」


「Face to faceは久しぶりだよぉ! 私が東京に行った時以来だから、2年ぶり?!」



 今はロッテルダムのモデル事務所で働いているレイナは、仕事のついでに私に会いに来てくれた。相変わらずの大きな美しいピーコックグリーンの慈愛に満ちたまなざしが私に向けられる。


 私たちは2年前にレイナが初めて日本に旅行に来た時の思い出話に笑った。


「あー……おかしい。まるで昨日のことみたい。ゼンザイ! また食べたいわ」


「今度は一緒に行けるよ」


「そうだね、一緒に行って一緒に帰ってこれる!」


 冷めてしまったコーヒーを一口すすり、彼女は穏やかな笑みを私に向けた。



「大丈夫? エリカ」


「うん、大丈夫。意外とね。もっと嫌なことばかり思い出すかと思ったけど」


「あんな奴、もう思い出す価値もないよ」


「それはもうどうでもいい。私は、大丈夫だよ」


「うん。これからは楽しい思い出をいっぱい作って。ホントに……戻って来てくれて、めちゃうれしいよ」


 彼女の宝石のような美しい瞳が潤む。私はテーブル越しに彼女の手を自分のでそっと包み込む。


「ありがとね、レイナ。これからはちょくちょくご飯や飲みに行こうね」


 カフェで一緒にランチをしたあと、彼女は出張先のハーグの事務所へ向かった。





 レイナと別れた後、中央駅から散歩がてら歩いた。ふと、昔の記憶が浮上してくる。



 


「ねえ、知ってる? 東京駅はこの駅をモデルにしてつくられたんだって」


 あれはつき合いたてのころ。駅前を一緒に歩いている時、イザークが駅を指してそう言った。


「そうなの?」


 本当は小さなころに父親からそう聞いたことがあったけれど、知らないふりして私は首をかしげた。


「知ってる?」と言った時の、彼の期待に満ちた表情が、小さな男の子のようであまりにもかわいかったから。



 そのころは毎日がふわふわして、彼の一言やしぐさのひとつひとつにときめいて、私に注がれるまなざしに完全に舞い上がっていたんだと思う。


 手をつないで歩きながらおしゃべりをして、角のカフェの一番奥の窓側の席で何時間もおしゃべりした。


 あのカフェ、まだあるんだ……あっちのお店では、お腹が空いてフリットをひとつ買って分け合いながら歩いたっけ。




 5年も前のことなのに、けっこう鮮明に覚えている。


 それなのに、記憶の中のイザークの顔がなんとなくぼやけている。



 彼はどんな声をしていた?


 瞳の色は、何色だった?




 薬局の角を曲がったところ。小さなアンティークのお店がある。


 クリスマスの飾りであふれる小さなウインドウをぴったりくっついて覗きながら、他愛ない話をしてくすくすと笑い合っていたこともあった。



「クリスマスは、どうするの?」


 イザークの質問に私はうなずいて答えた。


「日本に帰ると思う。1月10日ごろに戻るかな」


 ちくり、と胸の奥が痛む。


 悲しいことは、5年経っても悲しいまま忘れられないみたい。むしろ、記憶が湾曲されて、別の悲しみにコーティングされる。


 今、そのお店のウインドウは、季節感のない家具が並べられている。



 しばし昔の記憶にとらわれてぼんやりと佇んでいると、背後から声が聞こえた。




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