第10話 出会い④
「ああ、危なかった……」
とっさに、目の前で落下しそうな箱が強い力に受け止められて動きを止めた。それは大きな手に引き戻されて、再び私の腕の中にすっぽりと収まった。
一方で私は小さな女の子ごと、もう片方の腕に支えられた。その感覚に既視感を覚えたとき、ふわりとネロリが香る。
「ディー! もう、この子ったら!」
女の子の母親らしき女性が駆け寄ってくる。女の子は私の腕から逃れて、子猫のように母親に飛びついた。
「ごめんさない、大丈夫ですか?」
女性に申し訳なさそうに言われて、私は苦笑して首を横に振った。
「ああ、ええ。彼女のほうこそ、大丈夫ですか?」
私は女の子を見て言った。女の子は母親のコートをぎゅっと掴んで恥ずかしそうにこちらを見ている。
「……ごめんなさい」
女の子はしょんぼりしながらそう言った。
去ってゆく母子を見送り、そこでやっと気づく。
女の子が離れたときに私を支えてくれていた腕も離れた。それでもまだ背後に、その人の気配を感じていた。
ぱっと振り返った瞬間、申し訳なさでいっぱいになった。
「ありがとうございます、また……ですね」
空港で助けた同一人物だと認識して、彼は一瞬目を見開いてから柔らかく笑んだ。
「ああ、あなたですか。すごい偶然ですね」
本当に、すごい偶然だ。まるで仕組まれたように。
私は彼に向き合った。
「これを……割らずに済みました。本当にありがとう」
自分の腕の中の箱に視線を落としてそう言うと、彼はまた柔らかく笑った。
「こうなると三度目もあり得るかもしれないですね?」
オレンジ色に染まり始めた運河の橋の上。彼の透き通った茶色い瞳に私はしばし見惚れてしまった。
ゆらゆらと、運河の水面が映し出されて揺れている、優しい瞳。
何か言わないと。
そう思うだけで言葉が出てこない。
彼は呆然と佇むだけの私から視線を賭すと、足元の大きな花束と空港でも肩に掛けていたバックパックを拾い上げた。
「それじゃあ、気を付けて」
背を向けて去ってゆく後姿を五歩離れるまで見送って、私はやっと我に返った。
短い橋の上。
狭い運河の上で、私の危機を二度目に救ってくれた、名前も知らない人。
私も歩き出す。彼と同じ方角に。もう十歩ほどの距離ができた。歩幅の大きな彼との差が十五歩ほどになった時に、後ろを歩く私に気づいて彼が振り返り立ち止まった。
「同じ方向ですか?」
私は恥ずかしさで困惑したまま薄い苦笑を浮かべてうなずいた。
「そのようです……」
「この近くですか?」
「あのホテルです」
私は二十メートルくらい先の建物を指さした。
「えっ?」
彼は驚いてホテルと私を交互に見た。私は首をかしげた。
「え?」
「いや、あぁ、もしかして……レヴィの従妹さん……?」
「えぇ。あ! もしかして……レヴィのお友達……?」
昨日、空港で。
今日、橋の上で。
偶然と言えば偶然だけど、同じ場所に行きつくとなれば何の不思議もなかったかもしれない。
遅かれ早かれ、私たちは今夜の食卓で顔を合わせることになっていただろう。
一緒に帰った私とエトを見て、レヴィが目を丸くした。
「え? なに? 知り合いだった?」
「そんなわけないでしょ。さっき橋の上で花瓶を落としかけたのを偶然助けてもらったんだよ」
私は肩をすくめた。
「はっ? 花瓶?! ま、まさか、壊れてないよね?!」
「確かめたら? 花を持って帰れって、そういうことだったんだね」
エトは手にしていた花束をひょいと持ち上げた。
私の手から奪い取った花瓶の箱を開けて中身を確認すると、レヴィはやっと安堵して笑顔になった。
「さぁ、夜勤のダミアンも来たことだし、そろそろ夕飯にしよっか!」
彼は上機嫌で花瓶を小脇に抱えてレセプション脇の住居専用の階段を上り始めた。
私とエトは顔を見合わせ、小さくうなずき合ってからレヴィに続いた。
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