第9話 出会い③
バスに乗って1時間ほど南へ行った郊外に、私の祖父母は住んでいる。そこはもともとは祖父の母親の実家だったところだ。レヴィにホテルを譲渡した時、祖父はその家を修繕して祖母と犬のウォルクと一緒に引っ越したのだ。
午前中に尋ねていくと、ドアの前に出て待っていた二人は私を歓迎してくれた。
両親と兄と妹からのお土産を渡し、祖母の作った日本料理でランチを取りながら、日本の家族の話をした。二人はとても喜んで、私の話ににこにこしながら耳を傾けてくれていた。
午後になりお別れを言ってバス停に向かう途中、のどかな花畑を眺めながらのんびり歩いていると、レヴィから電話が来た。
「帰りにヤラのお店で注文しておいた花瓶を取って来てくれる? ホールに飾るんだ」
私は承諾してバスに乗り込み、旧市街へ向かった。
「あら……あらあら!」
古びたガラスのドアを開けるとちりんと小さなベルが鳴って、カウンター奥にいた店主のヤラおばさんが顔を上げた。四角い眼鏡の上からじっと私を見つめて目を細め、そしてこぼれんばかりに青い目を見開いた。
「エリカじゃないの! そう言えば、あんたが戻って来るってゾエが言ってたわね!」
おしゃべりな赤毛のヤラは、今度夫と日本に旅行に行くんだけど、と私を質問攻めにした。
「詳しいことはまた今度ゆっくりね。花瓶を取りに来たの」
「ああ、はいはい、これだね」
それはたまご型のA4サイズくらいのデルフト陶器。白地にデルフトブルーと呼ばれる深海色の……細かな花の模様がちりばめられている。
「その模様、エリカの花なんだってさ」
「え?」
「あんたの名前と同じ、エリカの花。あんたが帰ってくるのがよほどうれしかったんだろうね。レヴィとゾエが、嬉しそうに言ってたよ」
ヤラの店を出て、運河沿いの石畳の小道をホテルへ向かう。
私は花瓶の入った箱を胸に抱えている。レヴィとゾエの気持ちが嬉しい。二人はずっと、私が二度と返ってこないのではないかと心配していたらしい。兄が言っていたけれど、何度も何度も、この5年間、レヴィは私にホテルを手伝ってほしいと言おうか言うまいか迷って、兄に相談していたみたいだった。
ひんやりと冷たくて少し重い陶器の花瓶は、カイロなんじゃないかと思うくらい、抱いているとじんわりと胸を温める気がする。冷たい風が頬を撫でて行っても、寒さは不思議と感じない。
アンティークに囲まれたこぢんまりとした地階(日本でいう1階)のロビーの丸テーブルに載せたら、とても素敵だろうなと想像する。
「あっ!」
「きゃっ!」
橋の上に差し掛かった時。
視界よりも低いところで、何かが私の体にぶつかってきた。「何か」と言っても、「きゃっ」という小さな悲鳴が聞こえたので、それは間違いなく人……小さいから子供だろうけれど。
「ああ、お嬢さん!」
前方から女性の叫び声。
ぶつかってきた何か——金髪巻き毛の5歳くらいの女の子が前のめりに転びそうになるところを、私はとっさに左腕を伸ばして捕まえた。
その反動で、バランスを崩した私の腕の中から花瓶の箱が傾いて落下し始めた。
「あっ!」
私は悲鳴を上げたけれど、女の子を離すわけにはいかなかった。心の中で絶望して、レヴィとゾエにごめんなさいと呟いた。
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