第5話 回想③





 イザークは淡々と私に仕事を教えてくれた。


 彼の仕事は丁寧でもいい加減でもなかったけれど、やるべきことはちゃんとこなしているようだった。


 彼はなんとなく生きているような人だった。



 半年前まで東京で英語を教えたりモデルをしたりしながら暮らしていたと言った。悪い日本語をたくさん知っていて、よく私を笑わせた。


 彼はすごく美形なわけではなかったけれど、チャーミングな人だった。自分の容姿には自信を持っていて、女の子からどんな風にみられているかちゃんとわかっていた。男性にしては話好きで、女の子たちの輪の中でファッションやメイクの話に混じっていても、全く違和感がない感じだった。


 誰とでもすぐに打ち解ける、フレンドリーな性格。お金をためて、また日本に戻りたいと言っていた。日本が好きで、何もかもが好きで、できることなら一生日本で暮らしたいと言っていた。だからなのかもしれない。彼はよく、私に話しかけていた。


「ねえエリカ、日本語を教えてよ」


 働いているとき、休憩中の時、「これはなんて言うの?」と彼は私を質問攻めにした。




 「ああいう子はさ、日本ではモテるだろうねぇ。東洋人が思い描く西洋の男の子のイメージそのものじゃない? 普通の子がすごくちやほやされたらそりゃ味しめて、また戻りたくもなるよねぇ」


 電話でバイト先のことについて話すと、レイナはそう言った。彼女は時々モデルのバイトをしていて、イザークのことも顔見知りだった。彼女はイザークのことは好きでも嫌いでもないけれど、彼の打算的なものの考え方が気に入らないので友達にはなれないタイプだと言っていた。それを聞いた時はそうかな、と思ったけれど……後になって私はよくよく思い知ることになる。



「日本人の女の子とみればすり寄っていくから、エリカも気を付けなよ」とレイナは笑った。


「適当に受け流すわ」


 私は軽く笑い飛ばした。イザークが悪い人だとは思わなかったけれど、異性として惹かれることもなかったから。




          ✣✣­­–­­–­­–­­–­­–­­–­­–­­–­­–­­–­­–­­–­­–­­–✣✣




 バイト五日目。ちょっとしたハプニングが起きた。


 

 同じバイト仲間に同じ大学のハンスという男の子がいた。


 彼は誰にでも親切で明るく、まじめでのんびりした性格だった。初日から彼からの好意は感じていた。優しくて知的な彼に、私も好意を持っていた。


 バイトが終わった後、私はハンスと一緒に帰ることにした。するとなぜか、イザークもついてきた。三人でパブブラウンカフェに寄ってビールをひっかけた帰り道。私たちは酔っ払い数人に絡まれた。



 ハンスは一度突き飛ばされて吹き飛ぶと、そのまま逃げていった。イザークは私の手をつかむ男にスマホをかざし、警察がもうすぐ来るぞと叫んだ。男たちは逃げていき、イザークは私の手を取って反対方向へ駆け出した。


 次の日、ハンスは突然バイトをやめた。家の都合とのことだったけれど、きっと私を見捨てて逃げたことが恥ずかしかったのかもしれない。



 そしてその日から、イザークは仕事帰りに遠回りをして私を送っていくようになった。








 

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