第40話 続々と集まり始める人々1

 いつのまにか、年が改まった。

 この世界では日本と同様、新春がある。

 年末から年明けにかけて、花火で祝うのだ。


 花火魔法を夜空に打ち上げる。

 23時頃から魔法の得意な人が打ち上げ始め、

 それは新年の1時頃まで続く。


 年によっては、打ち上げた花火魔法による

 爆炎で周りが見えなくなるくらいらしい。

 事故も多発する。

 魔法が地上付近で爆発することがあるのだ。


 僕も集落の新年祭には活躍した。

 有り余る魔力をもって、

 ずっと花火魔法を打ち上げ続けたのだ。


「たまやー」


 とかの伝統的な掛け声はない。

 そのかわり料理や酒を並べ、一晩中賑やかだ。

 多くの庶民はこの祭を楽しみにずっと貯蓄に励む。



 さて、新春祭りの記憶も消えない頃、

 この村に初めて商人がやってきた。

 今までは規模が小さく住民も貧乏で

 商人がやってくることがなかったのだが、

 どうやら、見込みあり、とみなされ始めたらしい。


 ただ、僕が来てからは外に販売をしていない。

 すべて集落内消費だ。

 というか、僕が余剰分を買い取っている。

 何しろ、金は金鉱からの銀塊でたんまりある。


 しかし、出稼ぎ労働者から噂が広まった。

 一応、彼らには契約魔法を結び、守秘義務を課す。


 それでも、人の口には戸を立てられない。

 仲間内での会話を聞かれたりするのだ。


 まずは冒険者がやってきた。

 そして商人がやってきた。


 訪問者選別のために僕が開発してきた魔導具。

 悪意をもった人間を見分ける魔導具。


 これは困難を極めた。

 人の悪意をどう魔導具に判別させるのか。


 ヒントは女神様だった。

 以前、女神様がモールのコスプレ会場で

 不埒なカメラ小僧を弾き飛ばしたことがある。

 謎の現象としてネットでは話題になったのだ。

 あの術理を女神様に尋ねて教えてもらったのだ。

 あ、女神様は詳細はわからず、

 解説してくれたのはルシールだったけど。


 ただ、非常に難しい話だった。

 よく達人が

「相手の目の動きを見れば、よほどの達人以外はモーションに入る前に攻撃する場所へ目が動く」

 という。


 これは視覚情報なんだけど、

 達人になると相手の攻撃意思を察知して

 防御なりカウンターなりに活用する。


 殺気の揺らぎだと思う。

 僕はそのことを賢者になって理解してきた。

 魔物や魔獣と戦闘を重ねるうちに身についたのだ。


 しかし、それを術理として魔導具に記述する。

 これが難しかった。



 最終的に魔素の動きでこの殺気を捉えることに

 成功した。

 凄く微妙な動きなので、感度の高さが要求される。


 魔導具としてはかなり上級レベルではなかろうか。


 それでもこの魔導具は地球上では使用できない。

 人は魔素を帯びていないからだ。

 だから、女神様の結界術にはまだ探求が必要だ。


 そして、この殺気感知魔導具を応用したのが、

 悪人判断魔導具である。

 なんらかの悪意、つまり攻撃意思のある人。

 それを見極める魔導具だ。



 この魔導具は出稼ぎ労働者の判断に重宝した。

 テスト導入して労働者の悪意を察知する。

 悪意を察知された労働者は

 非常に高い確率で問題を起こしたのだ。


 多少の調整を経て、この魔導具は村の入口に

 鎮守している。


 惜しむらくは魔力をバカバカ消費する。

 だから、携帯魔導具のような形にならない。


 それはともかく、外部からやってくる人間、

 その判断にこの魔導具が活躍している。



「冒険者ギルドで聞いたんだけどよ、出稼ぎ労働者の募集、やってねえけ?」


 とある冒険者は口調が荒く、粗暴な気配があった。

 しかし、殺気魔導具は何の反応もしなかった。


「ああ、今はやってないけど、次回はよろしくお願いするよ。定期的に募集かける予定だから、毎朝ギルドを張り込んでな」


「おお!そうか。んなら、頼むわ」


 冒険者は陽気に帰っていった。

 仕事の態度が真面目であれば、

 彼はやがて村の構成員になるだろう。



「街の商人でございます。何かご用命がないかと伺った次第ですが」


 次にやってきた商人。

 腰も低く、バカ丁寧に話す。

 笑顔で人も良さそうだ。


 しかし、魔導具は赤ランプ。

 それもきつい赤色だ。

 おそらく、詐欺る気マンマンなんだろう。


「何もありませんよ」


 別段、この段階でどうこうしても仕方がない。

 良くも悪くもない態度で商人を追い払った。

 将来的には村とトラブルを起こすかもしれない。

 その時にはキツイお仕置きがまっているんだけど。



 そして、2回めの出稼ぎ労働者の募集があった。

 やはり、50名。


「おお、来たか」


 例の見かけ粗暴な冒険者だ。


「おお、言われた通り、毎日朝一で張り込んでたぞ」


 人懐っこい笑顔でそう言った。

 そして、彼は勤務態度も真面目であり、

 やがて、村の警備員として活躍するようになる。



 年が開ける頃には村の人口は100人を越えた。

 急速な人口増加にも関わらず、

 争いごとは起きなかった。

 

 こういうのは得てして文化や習慣の違いから

 不平不満が貯まるものであるが、

 そういうのは、村が供給する食べ物や安全が

 全てを消し去った。


 みんな、笑顔で毎日の食事を期待し、

 そして楽しんで労働に勤しんでいる。


「去年の今頃と比べると信じられないような光景だな」

  

 アランさんがしみじみと述懐する。

 ああ、僕もそう思う。

 初めてこの集落にきたとき、

 もう崩壊寸前にしか見えなかった。


 よく寒村とか限界集落とか言うけど、

 そんなレベルじゃないんだ。

 風で吹き飛ばされそうな掘っ立て小屋が

 立っているだけの村。

 人の活動がなければ廃墟以外に見えない村。


 住民はやせ細り青白く、

 しかも流行り風邪が蔓延しそうなときだった。


 ◇


 やがて、来たるべきものが来た。

 開拓の成功を確信した貴族たちが

 次々と接近してきた


「ベーグル領の領主からのありがたいお言葉をいただいてきた。みなども、ひれ伏せ」


 ある日やってきたのは、いかにも横柄な男だった。

 ベーグル領はハイデル領についで

 アルシェ村に近い領地だ。

 殺気感知魔導具も赤色反応だ。

 でも、仕方なく村に入れる。


 この横柄な男は散々村を馬鹿にしたあげく、


「この寒村であるが、ベーグル領に編入してやらないこともない。ありがたく、手続きに館までやってくるように」


 そう告げると、バカにしたような目で村民を眺め、

 帰っていった。


「なんだ、あれ」


「ああ、賢者様。あれは貴族関係者の常なる姿なんですよ」


「はあ?」


 思わず、怒気が含まれる。

 僕は思い出した。

 前職の上司。

 パワハラ、セクハラ、モラハラのオンパレード。

 あ、いけない。

 眼の前が赤くなってきた。

 これ、切れる5秒前ってやつだ。

 落ち着いて、落ち着いて。冷静に冷静に。


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