第38話 魔牛

 下に降り立って慎重に群れに近づいてみた。

 少し離れたところにいる魔牛を誘導し、

 対戦してみることにした。


『気をつけてくださいね、少々の攻撃では通用しませんから』


 少々の攻撃とはどれくらい?

 僕はナイフで攻撃してみることにした。

 もちろん、全力で。


 結果は散々なものだった。

 闘牛士のようにひらひらと魔牛の突進をかわししつつ

 攻撃をするのだけど、ナイフが通らない。

 直接でも風刃による間接攻撃でも。


 まずいことに、すぐに仲間の危機を察した

 他の固体が眼尻まなじりをあげて突進してきたのだ。


 それも数10頭も!


 やばい。俺達は全速力で逃げた。


 ◇


 この世界に来て初めて命の危険を感じたよ。


『凄い迫力というか、殺気でしたね。物理防御力は今やってみた通り。魔法防御力も高いみたいなんですよね。かといって魔法力をあげると真っ黒焦げになりますし』


 ルシールと相談した結果、

 作り上げた魔法は、バレットM82。

 M82は12.7mm50口径弾を使用する、

 大口径狙撃銃だ。

 そのM82に敬意を表して開発した土魔法である。

 弾丸は戦車の装甲をも貫通するという徹甲弾を

 意識して作った。


『ドン!』


 この土魔法は少々の結界・防御魔法など軽く

 粉砕する。

 そのパワーを十分に試して発射された

 魔牛への第1射。


『グオ』


 短い叫び声とともに弾丸は魔牛を貫いた。


『うまく行ったぞ!村の1ヶ月分の肉をゲット!』


 魔牛にはなんの恨みもないが、

 弱肉強食の非情な世界。

 村人の血肉になってくれ。


 僕は合掌をすませると、ステルス魔法で

 魔牛に近寄り、巨体をマジックバッグに収納。

 ダッシュで現場を走り去った。


 ◇


「これ、固くてかみきれんぞ」


『マスター、ジビエあるあるですね』


 ルシールによると、野生の獣は脂肪分が少なく、

 寝かして肉を柔らかくする必要があるという。


『まず、血を抜いて、どこかに肉の熟成室を作りましょう』


 血そのものは不味くはない。

 ただ、劣化しやすくすぐに臭くなるので

 血抜きを行う。


 さらに、熟成室。

 零度近い室温と十分な湿気、循環する空気が必要。

 そう言われて、それなりの魔導具を開発。


 アランさんと共同で熟成室を村の地下に作った。


「これはまたどでかい獣ですね」


「魔牛らしいです」


「これを熟成させるのですか。切り分けないと吊るすことはできんですぞ」


 村人達はお菓子のおかげでパワーアップしている。

 それでも2トン前後はある巨体を持ち上げるのは

 難儀なのであった。


 そこでいくつか切り分けて天井に吊るす。


「寝かす、という技術があるのは狩人の間では知られているようですが、それでも通常は干し肉にするか塩漬け肉にするんですが」


「まあ、やってみようよ」


 村人たちは熟成に慣れていなかった。

 当然、僕も。

 お試しということで、村人の一人を専属とし、

 熟成を開始した。


 その間に僕には熟成魔法が発現した。

 でも、それを使わずに普通に熟成を続ける。

 極力、村人たちの力でやってもらいたいからだ。


 ◇


 目分量ではあるけど、魔牛は2トン前後。

 切り取った肉は600kg前後。

 内臓は100kg前後。


「今夜はホルモンパーティだね!」


「おおお、いいですな!」


 村人総出で内蔵の洗浄、そして臭み抜き。

 臭み抜きは塩をしっかり揉み込み、流水で洗い流す。

 ここでも僕には消臭魔法が発現した。

 すでに洗浄魔法は発現している。

 近い内に、魔導具を作るつもりだ。



 焼き肉パーティは大盛りあがりだった。

 実は僕は日本からライトビールを持ち込んだのだ。

 なるべくアルコール分の低いものを、と思って

 度数5%のビールを買ってきた。

 

 それでも、


「美味いんですが、えらく度数が高いですな」


 村人にはキツイようだ。

 普段飲んでるエールとかワインとかは

 水で薄める場合が多いらしい


「うーん、じゃあ氷を入れてみる?」


 日本でビールに氷?って聞くと顔を横に振る人が

 多いかもしれない。


 でも、ベトナムとかフィリピンとかだと、

 普通にビールに氷を入れる。


 氷を入れたビールは大好評だった。

 だって、氷自体がある意味高級品。

 氷魔法の発現者が村人にぼちぼちいるとはいえ、

 普通は氷なんて冬以外ではお目にすることはない。


「氷入りビール!ますます富裕層っぽくなってきましたな!」


 そんな感覚なんだ。

 もちろん、冷たくて美味しい、ってことが大前提。

 度数も薄まるしね。


 ◇


「モツ料理、そろそろネタが尽きてきたんだけど」


 焼き肉パーティのあと、

 モツ煮込みとかモツの野菜炒めとか

 モツを利用した料理を作ってきたんだけど、

 いくら100kgも内蔵があるとはいえ、

 村人はすでに50人を大きく上回っている。


「なのに、なかなか肉が熟成されないね」


 1週間たつのに、相変わらず肉は固いまま。 


 結局、柔らかさが出てきたのが2週間後。

 しっかり熟成された、と実感するのに

 一ヶ月かかった。


 どうやら、巨体であるために

 熟成期間も長くする必要があるようだ。



「待ちましたぞ~」


 アランさん始め、熟成肉の試食会ということで

 村人の目がキラキラと輝いている。


 肉のパーツはよくわからないんだけど、

 村人で獣の解体をよくしている人がいた。

 ロバーツさんだ。

 その彼は魔牛は初めてと言いながらも、

 カンで肉の部類分けをしていく。


「ここなんかは最初の肉としていいんじゃないすか?」


 と選んだのが、肩の部分。

 それを遠慮なく厚めにスライスしていく。


 勿論、焼き肉試食会にはビールはつきもの。


「へへへ。これこれ」


「街で飲むウマのしょん◯んのようなエールとはダンチだからな」


 乾杯したところで肉を焼いていく。

 焼き網に肉を置く。

 ジューと音がしつつ、

 ポタポタと金色の脂がコンロに滴り落ちる。

 途端にそこに火が移り、

 牛の焼き肉特有のあの匂いが充満する。


「うおっ、いい匂い!」


「ああ、腹が鳴る!」


「早く食わせろ!」


 まずはタレはなし。

 味付けは塩だけ。


「おおお、この香り!」


「ハム、ああ、なんて柔らかくてジューシーなんだ」


「しかも、味の濃さ!口いっぱいに広がる甘味と旨味!でも、くどくないんだよな」

 

「飲み込んだときの鼻に抜ける香気もまた抜群」


 さらに日本からもってきた醤油でもって

 焼き肉のタレを作ると、


「これまた、味の深みがでるねえ」


「香ばしさが加わって抜群だな。これなら、肉じゃなくても野菜とか魚にもあいそうだな」


 

 この肉は日本でも最高級となるだろう。

 等級としてはA2ぐらいか?

 脂肪分が少ないからその辺りになると思う。


 勘違いしてはいけないのは、

 A5とかは美味しさの基準じゃない。

 いろいろな評価基準の上でA5となっている。

 特に脂肪分の多寡でA5になるんだと思う。

 見事な霜降り、ってやつ。


 でも、赤肉好きな人にとっては霜降りって

 デブ牛の肉なんだよな。

 くどすぎる。

 そういう人にはA2かA3のほうが望ましい。



 それにしても、あの大平原の魔牛。

 村にとってはいい狩り場になる。

 ただ、遠すぎる。


 たどり着くのが難しい場所にあるし、

 実際、人間は周囲にも見当たらない。


 どうするか。

 転移魔法の魔導具を作るか?

 それは今後の検討課題。


 ただ、アメリカバイソンは昔6千万頭いたと

 されているのだけど、

 白人が入植したために、保護される存在になった。

 

 この魔牛もそういうことにならないように、

 大人しそうな固体を村まで連れてきて

 家畜化してみようか。


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