第29話 ある奴隷の話 第3者視点

 俺はもともと冒険者だった。

 腕っぷしが強く体の大きかった俺は

 15歳からこの世界に入った。

 すぐさま、頭角を現した。


 魔法技術はさほどすぐれていなかったが、

 体力にまかせた大剣で

 どんどんと魔物を叩き潰していった。


 脳筋剣法だったが、

 そのうちに技術もそれなりになった。


 気づけば二十歳でB級冒険者。

 A級にはなかなか到達しなかったが、

 25歳となり、それも間近だと言われていた。


 俺は自分を鼓舞した。

 新しい武器と防具を購入した。

 名前のある鍛冶工による業物だ。


 むろん、目が飛び出るような値段だ。

 俺は貯金の多くをはたいて手に入れた。


「俺は王国一の冒険者になる」


 当時の俺の鼻息は熱かった。

 伝説のドラゴンでさえ、この新しい大剣で

 叩き潰せる、そう確信していた。


 少々、手持ちが少なくなったが、

 それでも余裕をみたつもりだった。


 A級になれば、すぐに大金持ちになれるし、

 この大剣があれば、払った金などすぐ稼げる。



 そこが俺の頂点だった。

 俺は基本ソロで動く。

 そして、いつものように森に入り、

 ほんの少しばかり森の奥へ踏み込んだ。


 そこから俺の転落が始まった。

 見たことのない大型の魔物に出くわしたのだ。

 俺は森の奥に入り込みすぎたかもしれない。

 だとしても、強すぎる相手だった。


 俺は必死に防戦し、そしてなんとか逃亡した。

 ボロボロになった体で俺は一息ついた。


「ここまでくれば大丈夫だろう」


 そう思ったとき、足元が崩れた。

 そこは崖で俺は真っ逆さまに谷底に落ちていった。

 何度も崖に叩きつけられ、

 俺は転落途中で気を失った。

 俺にはなすすべもなかった。



 目が覚めたら、俺は病院のベッドにいた。

 どうやら、親切な人が助けてくれたらしい。

 俺は彼に感謝のお礼をした。

 当然の行為だ。

 これをしないと冒険者として生きていけない。


 俺の怪我は思ったよりも深刻だった。

 高級回復薬を何本も使った。

 貯金が底をつき、俺は借金奴隷契約をして、

 さらなる回復を目指した。


 それでも俺は全治しなかった。

 俺は奴隷商に引き取られた。


 ああ、そうだ。

 冒険者にはうんざりするほどよくある話だ。

 だが、俺がそんな羽目になるとは。

 考えたこともなかった。

 俺は栄光とともに歩いてきたのではないのか?


 しかし、現実は奴隷商の店の檻の中だった。

 その店の商品として最高ランクの値がついていた。


 だが、なかなか買い手がつかない。

 俺が全治していないからだ。

 値段に見合わないと思われたのだ。


「このドクズが。大赤字じゃないか!」


 奴隷商は俺に悪態をついた。

 ただ、それ以上はできない。

 奴隷法は王国では案外厳しかった。



 そんななか、一人の青年が店にやってきた。

 貴族か?

 なんだか、締りのない顔をしている。

 善人すぎる男の顔だ。

 苦労をしていないのか?


 腹が立つが、勿論そんなことはお首にも出さない。


「この人、お願いします」


 その青年は俺を見ると、簡単な説明を受けてから

 俺の購入を即決した。

 おいおい、半端な金額じゃないぞ。

 どこぞの大貴族の子弟か?


 

 そこからは180度変わった。

 最高に驚いたことは、俺の傷を治してくれたことだ。

 あれだけ高級回復薬を使っても治らなかった傷。

 それを小瓶に入った液体をふりかけて即全快させた。


「ああ、よっぽど深い傷なんですね。マキロンS一本使っちゃいましたよ」


 青年は独り言を言う。

 マキロンSってなんだ?

 そんな薬を俺は聞いたことがねえぞ。


「傷が治ったら、まずはこれを食べてください」


 キラキラする袋に入ったお菓子だった。

 見たことのない文字が印刷されている。

 ひと目で高度な技術がそこに施されている、

 俺はそう思った。


「体力回復にはブ◯ックサンダーが一番なんですよね」


 ブ◯ックサンダーってなんだ。

 またもや、聞いたことのない名前が。

 いぶかしんだが、匂いを嗅いだら、

 俺は我を忘れてそのお菓子に食らいついた。

 甘くてほんのりビターでうっとりする匂いだった。

 

「(なんだ、この旨さは!)」


 体が震えるほど、そのお菓子は美味かった。

 あっという間に食べ尽くすと、

 俺は青年を見た。

 もうないのか、と懇願する目で。


「美味しいでしょ。じゃあ、あとひとつだけね。一度にたくさん摂取すると逆効果だから」


 ああ、これ一本しかないのか。

 俺はみみっちくもカミカミしながら

 小さく丁寧にそのお菓子を食べていった。


 俺は手が発光しているのに気付いた。

 と同時に体の奥底から力が湧いてきた。

 あの大剣と防具を手に入れたときのように。


「(ああ、これは希望というやつだ)」


 人生が好転しつつあることを実感した。

 俺は嗚咽を噛み締めた。

 

 ◇


 青年、ケン・アイザック様は通称賢者様と

 呼ばれている。


 その名の通り、信じられない力を持っている。

 まず、魔法の力が凄まじい。

 魔力など、枯渇することがあるのか、

 というほど、体から溢れ出てくる。


 村と称するには住民が50人以上必要とのことで、

 ここは正式には集落なのだが、

 ここの大部分を建設したのは彼だという。

 地面は硬化魔法だな。

 建物や外壁はウォール魔法か。

 しかもそれを数日で作り上げたという。

 化け物か。


 聞くところによると、郊外にはでかいクレーターがいくつもあるという。

 直径数百mのクレーターだ。

 賢者様の魔法の練習の後らしい。


 それだけじゃない。

 各種魔道具。

 賢者様はここの全ての魔道具を作ったという。


 それから設備。

 こんな大浴場、貴族でも所有していないだろ。

 20人が同時に入れるようなゆったりとした湯船。

 お湯が絶え間なく湧きでてくる。


 お湯の清浄魔道具も常時稼働しているという。

 そもそも、入口のところで清浄魔道具があり、

 風呂の使用者には強制的に使用される。

 汚い体で湯船に入ることは厳禁だ。


 清浄魔法は意外と繊細な魔法で、

 極めると魔法の上級職になれるという。

 しかし、その魔道具など俺は聞いたことがない。


 この浴場に投入される魔力。

 莫大だろう。

 どう賄っていいるのか。


 他にも、色々と魔道具化されている。

 水道、トイレ、部屋には冷暖房、他にも色々。


 馬のいない馬車にも驚いた。

 馬なしで金属製の箱が動くのだ。

 もっと驚いたのは、農機具だ。

 自分でしゃべる。

 なんと、魔導具の魔物だという。

 いや、そんなの聞いたことも見たこともない。



 そのうえで、彼は体力も化け物だった。

 賢者という言葉から連想される、

 青白いうらなり。

 そんなイメージは彼にはない。


 確かに見た目は線が細い。

 だが、その体力は俺の全盛期でもかなわない。

 オレは脳筋と言われようが、

 体力だけでB級冒険者になった。

 そのオレが腕相撲すると、簡単にひょいと負ける。

 ジャンプ力もダッシュ力もおそらく持久力も。

 体力お化けなのだ。



 俺を歓喜させたのは、食事類だ。

 確かにお菓子も美味かった。

 だが、食事もそれに負けてない。

 じゃがいもとかオーツ麦とか、

 王国では貧乏人の食べる食材を

 一級品の料理にしている。

 しかも、小さな子供が作ったりしているのだ。


 ここは天国か?

 俺はそう思わざるを得ない。

 もう、文明度が違いすぎる。


 ◇


 俺はすぐに体力を回復させると、

 半年のブランクを埋めるために猛練習をした。

 かなり衰えていたが、昔を取り戻すのに

 時間はかからなかった。


 いや、そんなレベルじゃない。

 明らかに以前のレベルを追い越していた。

 

「賢者様から授かるお菓子には特別な効果がある」


 村で言われたことだ。

 実際、村人たちは常識外れに精強だ。


 体力的には俺と同等の村人が何人もいる。

 また、村人は全員が魔法を使える。

 平民なんて魔法の発現する割合は

 10分の1程度なのに。


 それだけじゃない。

 この村では最低でも3属性の魔法が使える。

 4属性魔法が可能なものも多い。

 でたらめすぎる。

 

 と思っていたら、俺も4属性魔法が

 使えるようになっていた。

 元々は火魔法だけだったのに。



 ただ、村人は体力も魔法も化け物だったが、

 じゃあ、強いかと言うとそうでもなかった。


 村人には経験が不足していたのだ。

 それと、技術。

 村人と比べると俺の剣技の優位性は高かった。


「さすがは、元B級冒険者ですね。明日から、みんなの訓練講師をしてもらえませんか?」


 俺は村で先生と呼ばれるようになった。

 奴隷身分なんだが。


 賢者様が言うには、1年立ったら奴隷契約を解除してくれるという。

 そして、その後は自由でどこへ行ってもいいという。

 いや、行くわけがない。

 天国を自分から放棄するバカはいない。


 俺は確かに転落して奴隷になった。

 最悪の人生だった。

 だが、どうだ。

 そのお陰で俺は今最高だ。

 あのとき、大剣と防具を買った俺の選択。

 正しかったのだと、思い直している。


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