第28話 料理人セリアママ

 集落の人々はお菓子の影響で

 様々なスキルが発現している。


 その中でセリアママに料理人のスキルが発現した。


「私、そんなに料理が得意じゃないんですけど」


 女だから料理スキル、というわけではない。

 料理はいわゆる3Kで、

 「キツイ」「汚い」「危険」な仕事である。

 職業としての料理人は男性のほうがむいている。


 例えば、寸胴に水いっぱいを入れて持ち運ぶ。

 あるいは、数人前のチャーハンを一気に作る。

 コツも必要なのだろうが、

 基本的な体力がないと難しいのだ。


「でも、私、最近は体力がついちゃって」


 といいつつ、二の腕の力こぶを見せる。

 集落の女性はみんな同様だ。

 お菓子と訓練のお陰で、

 体力が普通の男性かそれ以上になっている。


『料理人の隠しスキルには体力増強も入っていますよ』


 これはルシール情報。

 なるほどと思わざるを得ない。

 料理人はなによりもまず体力だ。


『料理センスも当然スキルにはありますからね。後は経験と知識』


 というわけで、セリアママに

 集落の食堂をまかせることにした。


『あああ、私の料理で皆さんがお腹をこわしたらどうしよう……』

 

 どうも、セリアママは自己評価が低いみたいだ。


「セリアママさん、料理美味しいじゃないですか。さあ、どんどん料理を作りましょ。新しい料理はレシピを教えますから」



 そこで僕が導入したのは、

 モニターと再生ビデオ装置。

 ネット動画にはプロによる料理動画が

 無数に転がっている。


 それを流しながら学習するのだ。

 だって、僕の知ってる料理って結局男の料理だからね。

 食器使わずに鍋だけでご飯を食べる方法。

 だとか、

 がっつり焼肉(焼肉に焼肉のタレをつけるだけ)

 だとか、

 見栄えはどこかへ飛んでしまっている。


「すごいですね、この板の中にいる人達。ひょっとして、天空の使徒様たちですか?」


 なかなか、この世界の人にはモニターとか

 動画とかが理解できない。

 まあ、当然か。

 猫とかが自分の姿が動画で再生されるのを見て、

 必死に攻撃するような感じ。


「使徒様じゃないけど、まあ、そんなような存在」


 異世界人だからね。

 動画の中の人達。

 天空の存在だ、としても遠からず。



 これで最初に覚えてもらったのは、

 クッキーの作り方だ。

 お菓子の初歩・基本にして奥が深い。

 しっとり、サクサク、カチカチなど、

 いろんな食感がクッキーにはある。

 それらはちょっとした配慮で変わってくる。


 それを動画の解説で理解し、身につけてもらう。



「どうですか、賢者様!」


 もうなんどクッキーを焼いたであろう。

 周りにはクッキーをねつらう子供たちが。


「おお、これは一級品だな」


 しっとりサクサク。

 この相反する食感。

 これをセリアママは達成したのだ。


「クッキー、上級者じゃないですか。これなら、王都に店出しても人気出ますね」


「そうですか?」


 いつまでたっても謙虚というか、

 自己評価の低いセリアママ。



 あ、関係ないけど、セリアママは

 アランさんとくっついた。


 アランさんはもともと独身。

 セリアママは1年前に夫をなくしている。

 そして、二人は幼馴染。

 

「セリアが一人で森に出ていったでしょ。あれで男親がいないのは問題だ、ということになりまして」


 急速に仲が深まったらしい。

 だから、僕がセリアママを指導するときは、

 いつもアランさんがいる。

 女性を苦手とする僕もそのほうが助かる。


 

 さて、クッキーを作ってもらったら、

 次はスポンジに移る。

 これがしっとりフワフワに焼ければ、

 スィーツの一つの達成点といえる。

 これはプロでも難しいのだ。


 スポンジを作ることにしたのは、

 集落でとれる材料が揃い始めたから。


 卵

 砂糖

 小麦粉

 バター


 小麦の栽培にも取り掛かった。

 もともと、この集落は雑穀が中心というか、

 小麦栽培は元から諦めていた。

 集落のある場所の過酷さゆえに、

 小麦栽培は無理と判断したのだ。


 それが今では小麦も2週間ほどで収穫だ。

 耕運機は導入してある。

 今回は収穫や脱穀・選別を担当するコンバインを

 導入した。

 とはいうものの、小型サイズの農機具だ。


 ゆくゆくはトラクターやコンバインといった

 大型農機具は1千万円以上のものを

 異世界に持ち込むつもりだ。


 だが、現状では畑も小さいし、

 手探り状態で異世界農業をしているので、

 半分お試し期間である。


 何しろ、金鉱のおかげで資金には事欠かない。

 ああ、そんなセリフ、ずっと言ってみたかった。


 脇が甘い気がするのだけど、

 節約しよう、っていう気は殆どなくなったよね。

 いかんな、ちょっと気を引き締めなくちゃ。



 なお、僕もクッキーとかスポンジを焼いている。

 アランさんも見ているだけじゃつまらんみたいで、


「俺も参加させてください」


「あー、私もやる」「僕もー」


 子供たちも次々と。


 料理人はひょっとしたら一人じゃ足りなくなる。

 だから、料理を作れる人は何人いてもいい。

 多ければ、順番に作ればいいからね。


 

 あ、料理も含めてだけど、

 集落の人達には魔法契約を結んでもらった。

 彼らが意図的に秘密をもらすとは思わない。

 でも、不用意な発言とか、

 あるいは拉致されて強制された結果、とか、

 そういうことは十分ありうるのだ。


 例えば、クッキーの作り方一つとっても、

 このレシピというかノウハウは

 この世界では金貨◯枚に相当すると言われた。

 ◯は一桁じゃない。

 3桁だ。

 日本円にして100万円以上の価値。

 それも最低だという。


 ましてや、今後様々な料理ノウハウ・レシピを覚えていく。料理人は歩く宝の山なのだ。

 ちょっと誘拐して拷問して……という人が出てきてもおかしくない。

 とアランさんに言われた。


 うーむ、異世界怖い世界だ。

 でも、日本でも同じか。

 価値を見い出せば、そこに群がる人が出てくる。

 欲しいとなれば、手段を選ばず、という人もいる。


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