第25話 朝の訓練1

「1,2,3……」


「てい!やー!」


 早朝から集落に響き渡る勇ましい声。


「前から個人的な戦闘訓練はしていたんですがね」


 新たに集落の正式なリーダーとなったアランさん。


「朝の6時から1時間、みんなで戦闘訓練することを義務づけました」


 一つには、僕のお菓子。

 お菓子を食べてから体に負荷をかけると、

 身体能力が永続的に上がることがわかり、

 それなら、ということで

 朝一でお菓子を食べてそのまま訓練。

 消化を終えてから朝食。

 そういう流れにしたのだそうだ。


「みんな、積極的ですね。まあ、お菓子につられているのも多いですが、実際に数値向上となってくると、だんだん目の色が変わってきました」


 数値向上というのは例えば握力。

 僕のこの集落に握力計を持ち込んでいる。


 僕がこの集落に来るきっかけとなったセリア。

 彼女は10歳の女の子で、

 当初の握力は15kg程度だった。

 ちなみに日本の10歳の平均も

 だいたいその程度の数字になるという。


 それが今や25kgを越えた。

 倍近くになっているのだ。

 これは大人の女性並だという。


 1500m走も早朝訓練に取り入れている。

 集落には時計がある。

 みんながヨーイドンでカケッコをする。

 セリアは当初、7分をちょっと切るぐらいだった。

 これも日本の10歳平均と比べても同程度だ。


 それが、今や6分を切る直前に達している。

 これは女性としてはかなり速い。


 僕がこの集落に来てから約3ヶ月。

 短期間にこれだけの変化があったのだ。


 ちなみに1500m走は

 厳密には1500m強で、

 最初のタイムは速い人で6分、遅い人で15分。


 それが今や速い人は5分を切り、

 遅い人でも10分を切るまでになった。

 

「えへへ、凄い?」


 僕がセリアを褒めるとセリアは喜色満面だ。


「僕だって」「私も」


 他の子供たちも僕に群がってくる。


 速くなったら賞品進呈を約束していたから、

 全員に賞品であるメガ盛り弁当を与えた。


「これ、一度食べてみたかったんだー!」


 やはり、僕とルシールが美味しそうに食べる弁当、

 全員がチェックしていた。

 できる限り隠れて食べていたんだけど。


「賢者様、そりゃあれだけいい香りが漂ってくるんですから、気が付かないほうがおかしいですよ」


 なるほど。

 匂いか。


 不思議なのは、ステータス上昇効果のあるのは、

 お菓子だけで他の食品にはないことだ。


 ただ、健康維持効果が食品全般にあるようだ。

 一種の回復薬になる。

 また、ドリンクは軽い病気なら治してしまう。

 ちなみに、回復薬は怪我の治療薬である。



 なお、戦闘訓練の先頭を立つのは、

 奴隷のブレーズ。

 25歳、濃い茶髪にやはり茶系の瞳。

 身長は190cmを越えているだろう。

 横幅もがっしりしている。


 その体格通り、彼は期待の冒険者だった。

 なんと、彼は元B級冒険者。

 その肩書を見て、購入を即決したんだけど。


 不慮の事故で半年間動けなかったらしい。

 ちょうど新しい武器と防具を買い、

 貯金が心細くなったところでの事故。

 その時に武器・防具はなくしてしまった。

 高級回復薬を何本も使い、

 それでも完治せず、動けるようになるまでに半年。

 

 その時には借金が貯まっていた。

 払えるはずもない。

 泣くなく、借金奴隷になってしまったのだ。


 普通、B級冒険者は結構な金持ちだ。

 それでもタイミング次第でこの有り様。


 じゃあ、C級以下はどうか、といえば、

 一人前と言われるC級でも、

 ようやく家族を養える程度で

 貯金は望むべくもない程度だ。


 D級だとソロ活動しかできず、

 E級とか最下位のF級の稼ぎはお小遣い程度。

 

 冒険者は非常に厳しいのだ。

 もっとも、じゃあ農業やるか、となると、

 似たような生活が待っている。


 そもそも農業で食えなくて冒険者になるのが

 一般的なのだ。


 そのブレーズ。

 B級冒険者となると、腕っぷしだけじゃない。

 読み書き・計算も一通りできる。

 この辺鄙な集落にはまれな人材であった。



【糖分】


 さて、訓練には欠かせない甘味。

 やたら糖分を嫌う風潮が日本にはあるけど、

 エネルギー源としては重要だ。

 特に、この王国では栄養が全体的に不足している。

 ダイエットとかなにそれ、って話なのだ。

 というかナチュラルにダイエットせざるを得ない。


 だから、集落民は糖分には非常に弱い。

 甘味を前にするともう抑えが効かなくなる。

 甘味が欲しくてたまらない。


 僕も甘味は大好きだ。

 でも、いつまでも日本のお菓子に頼ってばかりは

 いられない。

 砂糖だと、重要な調味料の一つだしね。



 甘味の生産には色々手を出している。


 甘味の第1候補は養蜂。

 これは花と蜂次第で、まだ時間がかかる。

 何しろ集落の周囲はもともと荒野である。

 蜂がいないのだ。

 穀物にはあまり蜂は関係ないかもしれない。

 でも、野菜とか果物とか種類を増やしていくと、

 蜂の存在は必ず必要になってくる。

 花粉を飛ばさなきゃいけないからだ。


 だから、かなり無理矢理であるのだけど、

 蜜蜂の巣を見つけて拉致しようとしている。

 蜜蜂を拉致って、僕達の巣箱に突っ込むのだ。

 強制的に巣箱の住人になってもらうわけである。


 その蜜蜂が見つからない。

 蜜蜂のロウはロウソクの素材になる。

 だから、教会は盛んに養蜂をしている。

 養蜂の仕方は僕達とは違うみたいだけど。


 教会から蜜蜂を拉致するというわけにはいかない。

 やはり、森で蜂の巣を見つけなくちゃいけない。

 浅い森では蜜蜂の巣は冒険者達の格好の的となる。

 蜂の巣は高値でうれるからだ。

 だから、浅い森に蜂蜜の巣は少ない。

 だからといって、森の深くは怖い。

 魔物とかが強く凶暴になるからだ。


 そんなわけで蜜蜂の巣の発見には手間取っている。



 第2の候補はメイプル。


 日本からメイプルの枝を持ってきている。

 育成方法は挿し木だ。

 単純に枝を土に挿して育てる。


 メイプルと言えばカナダが有名だ。

 日本でも広範囲に分布しているという。

 ただ、寒冷地の山地でよく見られるらしい。



 第3はサトウキビ。

 本命である。


 これも日本から茎を持ってきた。

 挿し木で育てる。


 沖縄が有名だけど、香川県とかも和三盆で有名だ。

 両者のサトウキビは種類が違うらしい。

 僕は両方の茎を異世界に持ち込んだ。


 メイプルとサトウキビは結果が早く出た。

 何しろ、日本から持ってきた肥料をまけば、

 2週間ぐらいで成長してしまう。


 ただ、メイプルにしろサトウキビにしろ、

 そこから砂糖にするのが大変だ。

 両方とも樹液を採取し、それを煮詰める。

 焦がしちゃ駄目だから、案外神経を使う。


 煮詰めたらそこから不純物を取り除く。

 サトウキビの場合は、

 遠心分離機で砂糖結晶を取り出し乾燥させる。


 メイプルとさとうきびは枝や茎を使って

 増やしていく。

 だから、F1種のようなことがない。

 つまり、どんどん繁殖させられる。


 日本からの肥料を使えば無理なく成長する。

 だから、両方とも畑を作って大規模に育てたい。


 養蜂に関しては最悪無理でもいい。

 花畑は他にも使えるからだ。

 それは精油である。

 

 どうやら、この世界にも精油はあるらしい。

 ただ、難しい方法で採取されているらしく、

 量が少なくて、当然高価になる。

 

 水蒸気蒸留法という方法を使って、

 より簡単に精油を採取する。

 もっとも、この方法を使っても

 採取できる精油は僅かのようだ。


 精油1kgを得るために、

 ラベンダーなら花穂を100~200kg、

 ローズなら花を3~5トンも必要とするらしい。

 日本でも精油は小瓶に入って高額で売られている。

 その理由がわかるというものだ。


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