第20話 人手不足解消に向けて領都ハイデル街へ行く1
【支度金の準備 銀塊を売る】
「人手不足なんて、少し前なら考えもしなかったよな」
「そうそう。その日の暮らしにも事欠く始末で、全員が食べていくだけで精一杯だったもんなあ」
村人の会話だ。
集落で重労働とされる様々なもの。
水くみ、木の採取、薪割り、農作業、
それらをどんどんと魔導具化し、
日本の技術も取り入れていった。
なくなった仕事に従事していた人は
勿論、配置転換している。
というか、配置転換せざるを得ない。
仕事は楽になっているはずなんだけど、
仕事がどんどん増えているのだ。
つまり、いろいろと生産量が増えているのだ。
まあ、僕が増やしたんだけど。
「でさ、人手のあてはある?」
「勿論でさ。ちょっと声かけすれば、ざっくり集まってきますけどね」
「問題は、人間の質。碌な人間は集まらねえし。能力の問題じゃなくてですね、信用できねえんでさ」
「盗み、集り、何するかわかったもんじゃねえ」
「あと、いろいろ内緒にしておきたいこともあるし、募集はどうするの?」
「まずは、この集落を出ていった奴らを呼び戻しましょう。それから、親戚の中からまともそうな奴」
「あとは、奴隷商で借金奴隷を中心に」
「奴隷っているんだ」
この世界の奴隷は、公的には2種類。
犯罪奴隷と借金奴隷。
犯罪奴隷は刑務所の代わりのようなことを
民間で行っている。
借金奴隷はいわば昔の丁稚奉公みたいなもんだな。
法律も整っており、むやみなことはできない。
過酷な労働は禁止されているし、
奴隷が死亡した場合は吟味されて
違法だと認定されればそれなりの罰をうける。
ただ、それは表向きのことで、
誘拐して奴隷にされたものもいるし、
ブラックな扱いをするケースも多い。
「借金奴隷って、なんだか僕の昔みたいだな」
僕には会社を辞める自由があったから、
奴隷とはレベルが違うんだけど、
会社に隷属していた、という意味では似ている。
ブラック企業に働く人って、やめない人が多い。
ボロボロになるまで物凄く無理しちゃう。
一種の洗脳状態なんだろうか。
「じゃあ、アランさんの判断でいいから、何人か探してきて。お金は銀塊でもいいかな」
金鉱で金を掘削するにあたって、
他の金属も大量に出てくる。
多いのは、銀。
金以上に鉱石に含まれている。
だから、マジックバッグの中には
銀塊が大量に保存されている。
「銀塊でもかまいやしませんが、貨幣にしておくと使いやすいですよ」
「じゃあ、アランさん。一緒に街へ行って両替しようか。僕も一度街を見てみたかったんだよね」
王国では昔は金よりも銀のほうが価値が
高かったらしい。
でも、銀が海外から大量に流入して、
銀の価値が大暴落したんだと。
現在では金のほうが銀よりも10倍ほど高い。
もっとも、日本だと金価格は銀価格の約80倍。
だから、銀塊は異世界で売ろうと思っていたのだ。
「賢者様、街へ向かわれるのはいいのですか、警戒なさってくださいね」
「警戒?」
「はい。私ども村人は自分で言うのもなんですが良くも悪くも善人の集まりでして」
「善人なら悪いってことないでしょ?」
「いえ。街はですね、善人ですと生きづらいのですよ」
「生きづらい?そんなことあるの?」
「ええ。傲慢な奴らばかりでして。我々を食い物にしようと
傲慢、という言葉を聞いたとき、
僕の心には沸々とした怒りが湧いてきた。
瞬時に前職を思い出したからだ。
僕は元々とても草食性で、怒ることなんてない。
傲慢な奴らに対しても、
怒るどころか萎縮してしまうタイプだったのだ。
それが、怒りを感じている。
これも次元わたりで僕の内面が変化したのか?
それとも、僕のトラウマが治っておらず、
怒りを噴出することでバランスをとろうとしているのか?
◇
「へー、ここがハイデル街か」
集落から直近の街がここハイデル街。
ハイデル伯爵が治める領の領都。
数万人の人口があるらしい。
王国でも10本の指に入る都会なんだと。
外周は高い石壁に囲まれている。
入場料を払って中に入ると、
結構大きな道路が奥の高台まで伸びている。
その高台には立派なお屋敷が見える。
領主の家らしい。
その道路の両側にはこれまた立派な建物が。
多くは政治・商業関係の建物なんだと。
ただ、不潔な臭いがする。
一つは馬糞だろう。
もう一つは人間の排泄物。
正直、長居したい場所じゃない。
「アランさん、僕、臭いが駄目だ」
「そうですか?まあ、集落よりは臭いますね」
アランさんはあんまり気にしてないようだ。
「小さい頃からこの臭いの中で育ってきてますから」
アランさんは街出身だ。
「両替所は?」
「いくつかあるんですが、大抵は商人ギルドか冒険者ギルドですね」
「冒険者ギルドってあるんだ。一度見てみたいね」
「わかりました。あそこに見える立派な建物が冒険者ギルドです」
入口から数十m先にある、3階建ての建物。
裏手に体育館みたいな場所があるようだ。
訓練場だという。
木製の立派な大きい両開き扉を開けて中に入る。
中は随分と混雑している。
「朝方ですから、仕事に群がる冒険者が多いんですよ。もう少ししたら、だいぶ閑散としてきますよ」
ああ、なるほど。
「ついでだから、登録しておいたらいかがですか?街に入るときは無料になりますよ」
「ああ、そうしようか。あ、登録するときにステータスとか見られたりする?」
「ええ。ステータス読み取り機みたいのがあります」
ああ、となると異世界人とか賢者とかの情報は
大っぴらにしたくない。
僕はステータスを
スターテス情報を隠蔽改ざんすることができた。
一応、異世界人のかわりに人種。
職業は空欄。
とでもしておこう。
この世界で職業とは経歴を表すもの。
例えば、近衛兵として長年活躍した結果、
剣士とか魔導師とかが職業欄に載るわけだ。
10代で職業が明記されることは殆どない。
教会が授けるものでもない。
活動の結果、職業がバージョンアップしたり、
変更したりする。
魔導師→大魔道士とか。
剣士→農民とか。
ということをルシールが教えてくれた。
窓口で登録をしてもらった。
窓口の女性は非常に綺麗な人で、緊張する。
できれば男性か、せめて年配の女性にして欲しい。
彼女からIDカードを受け取る。
僕はFクラス冒険者だ。
冒険者のランクとしては、FからSまである。
Fランクの場合はあ3ヶ月以内に仕事を受注して
達成する必要がある。
「僕、魔石を持ってるんだけど」
「ああ、何かを討伐したんですね。じゃあ、見せていただけますか」
魔石を一つ出してみる。
勿論、出しすぎるなんてことはしない。
僕、何かやっちゃいました?などと
頭の悪いことはしない。
「えと、これは」
「確か、ブラックウルフの魔石?」
「え。森の奥にしか出没しないと言われているB級相当の凶悪な魔物なんですが」
む?ひょっとして、やっちゃいました?
「あー、たまたま弱った固体が森の周辺に出てきたみたいで。罠にかかってました」
とっさに適当なことを言ってごまかす。
「なるほど。ラッキーでしたね。他には?」
「それぐらいです」
わんさか持ってるけど、
後でアランさんに確認してもらおう。
「はい、Fランクは達成しました。Eクラスにランクアップしますから、お待ちくださいね」
あっけなく、Eクラスになった。
冒険者活動をするつもりはないから、
興味はないんだけど。
「あと、両替をしたいんだけど」
「両替は、あちらの窓口でお願い致します」
両替は、基本的に日本と同じだった。
体積と重さを測り、密度を求める。
それで銀塊の純度を調べ、買取価格を決める。
「これは純度の高い銀塊だな。ほぼ100%の銀じゃねえか?」
こちらは毛むくじゃらの中年男性だった。
ほぼじゃなくて、100%の銀なんですけどね。
僕はそれなりの銀塊を提出し、貨幣を受け取った。
これで用事は終わり。
「アランさん、これで通貨がたくさん手に入ったんだけど、もし集落でお金が必要なときは僕に言ってよ。集落の産品と引き換えにこれら通貨を渡すから」
「ああ、なるほど。それはそうですね。正直、集落の産品には王国で流通していないような珍しいものや、質の高いものがあります。それを市場で売ろうものなら、商人、ギルド、貴族、教会と揉め事を呼び込むことになりかねません」
「そういうことだね」
幸か不幸か、集落は
商人がよってこなかった。
売り物があるとき、買いたいものがあるときは
このハイデル街の市場を利用していた。
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