次元渡り2

第14話 異世界集落に戻ってきた1

「賢者様!お待ち致しておりました!」


 僕は再び異世界のあの集落にやってきた。

 すると、この歓迎ぶりだ。


 基本、陰キャの僕、

 しかもブラック上司のいじめで辞職してから、

 1年間はじっと自宅警備。


 だから、僕が必要とされている、という実感には

 結構感動するものがある。


「おお、みなさん、随分と顔色がよくなりましたね」


「お陰様で!特にですね、あの川魚。干物にして毎日むしゃぶりついております!」


 川魚、好評だったんだ。良かった。


「それでですね、賢者様!住民に大変な変化がおきました!」


「大変な変化?」


「今まで魔法の使えなかったものに魔法が発現したのです!」


 この世界には魔法がある。

 魔力も備わっているらしい。

 でも、全員に魔法が発現するわけじゃない。

 庶民レベルだと、10人に一人ぐらいだという。


「しかもですよ!魔法の使えるものは、魔法力が強くなったり、より強力な魔法が発現したりしました!」


『おそらく、お菓子のお陰ですね。私もお菓子を食べて魔力が増強した感覚はもっておりましたが、いろいろステータスが向上するだけじゃなくて、魔法の発現にも効果があるんですね』


 王国は身分社会だ。

 王族・貴族と庶民との間には、

 厳格な身分の差がある。

 そして、それを支えるのは魔法。

 支配者たるものは強い魔法を操れるのだ。


 その魔法が庶民に発現した場合は、

 庶民の間では一目おかれることになる。

 ましてや、貴族なみの魔法を操ることができれば、

 貴族とて、軽く見ることはできなくなる。

 これはルシールの解説だ。


 だから、村人の喜びには格別なものがある。

 


「賢者様、見てください!私にも魔法が」


 これはセリア。

 この集落に来る原因となった少女だ。

 彼女の魔法は水魔法ウォータである。


「おお、凄いじゃないか!」


 この集落には子供がセリア含めて4人いる。

 彼ら全員に魔法が発現していた。


 特筆すべきは、ルシフェルという男の子。

 まだ5歳にもかかわらず、火魔法を発現した。

 そもそも庶民は魔法が発現しにくいうえに、

 魔法は10歳前後で発現し始めるという。



「ところで、皆さん、口調が変わりました?」


「ええ、今までは故郷の言葉を話していたんですが、賢者様が標準語を話されるんで、私達もそうしよう、と思いまして。頑張りました!」


 僕の言語スキル、方言まではカバーできてなかったな。

 方言は方言で味があったんだけど。



「ところで、アランさん。腕に包帯まいてますね」


「新しい魔法が発現して浮かれすぎて魔法の訓練中に怪我しまして」


 アランさんはこの集落のリーダー格だ。

 傷は炎症によるものだった。

 結構、焼けただれていて酷い。


「ああ、それはいけない。ちょっと薬をつけましょう」


「ああ!そんな、もったいない」


「いやいや、見た目、酷いじゃないですか」


 僕は救急医療セットを取り出した。

 女神様からこのセットは次元渡りで強力になる、

 と言われていたのだ。

 その効果を試してみる。

 今回はイソジンきず薬だ。


「おおお!」


 イソジンを振りかけるとシュウシュウと音をたて、

 あっという間に傷は修復された。

 

「傷跡が……」


 なるほど、女神様が言うだけはある。

 イソジンは凄い性能にバージョンアップしてた。

 こんな性能、日本のどんな薬もかなわない。


「ありがとうございます!」


「この薬、渡しておきますので、これからも怪我人が出たら使ってくださいね」


「こんな高額なものを!初級回復薬以上の効能がありそうですね。見たことないですけど、中級回復薬レベルかも」


 回復薬は、傷薬をなおす薬だ。

 この程度の炎症だと初級回復薬を使うが、

 それでもこれほどの劇的な効果はないという。

 

 その初球回復薬でさえ、金貨1枚。

 ちなみに、

 鉄貨1枚   十円

 銅貨1枚   百円

 銀貨1枚   千円

 金貨1枚  1万円

 ぐらいの価値があるようだ。

 初級回復薬が1本1万円。

 中級回復薬だと金貨10枚、約十万円。

 上級回復薬は金貨100枚、約百万円

 庶民には気軽に買える薬ではない。



「賢者様」


 アランさんが真剣な顔をして俺と相対する。


「先週、賢者様が出ていかれてからみんなと話し合ったのですが、賢者様のことは絶対に秘密にしようと」


「はい?」


「本日、改めて確信しました。賢者様のことが広まれば、ここには大勢押し寄せます。貧民からそれこそ貴族とかまで」


 ああ、なるほど。

 僕はちょっと気軽すぎたみたいだ。

 

『マスター、私もうっかりしておりました。私からの提案ですが、契約魔法を取り交わしては。おそらく、マスターに魔法が発現すると思いますが、まだでしたら、私が代わりに行います』


 ルシールは天界に住まう者。

 下界の細かなことに気が付かなくても仕方がない。


「わかりました。では、こうしませんか。契約魔法を結ぶ、ということで」


「おお、なるほど。それなら安心ですな」


「中にはさらって無理やりとかそういうのもおるのですよ」


 はあ。思ったよりも酷い世界だ。

 ああ、でも日本でもそういう世界に行けば

 同じかもしれない。

 

 そういうわけで、守秘義務を課すために、

 僕達は契約魔法を結ぶことになった。


 ◇


「今回はですね、いろいろ持ってきました。まずは衣料」


「「「おおお!」」」


 上下ジャージや下着類、ストラップサンダル。


「サイズは私の見立てで揃えました。一度身につけてもらえませんか」


「「「ありがとうございます!」」」


 みんな、喜色満面で服を着ていく。

 すると、驚くことに服や靴が自動でサイズを調整したのだ。次元渡りの効果か。


「さすがは賢者様が持ってきていただいたもの。サイズ、ぴったりですわ」


「それに、なんと肌触りのいい」


「高級品ですな」


 ものはユ◯クロだけど、クォリティには皆さんのお墨付きが出た。


「これなら、みなさんに数セットずつ回せますね」


「数セットですか!」


 聞くところによると、この世界の庶民は普通、

 服を1着しか持っていない。

 これで夏も冬も過ごすのだ。

 

「お貴族様になった気分ですな」



「それから、石鹸。これで毎日身を清める習慣をつけてください。随分と病気に強くなると思います」


「これが石鹸ですか?石鹸って液体のしか見たことがないのですが……」


「まあ、いい香り!それになんという泡立ち!」


「洗濯も石鹸で行えます。試しに何か洗ってみてください」


「了解しました!……おお、確かに洗浄力が素晴らしいですね」


「次は、農作業が捗るようにいろいろ持ってきました。畑に向かいましょう」


「「「おおお!」」」



「まず、この器具です。土壌のPHを調べます」


「ぺーはー?」


「土壌の性質ですね。こうして、地面に先端をさしこんでですね、画面に数値が表示されます……数値は約5といったところですか」


「その数値でどういうことがわかるのですか?」


「植物によってですね、適性なPHがあります。例えば、小麦ですと6前後。5ですと、あんまり成長しないです」


「では、ここは小麦には向いていないと」


「はい。小麦だけじゃないですね。麦類とか穀物類は全般的に向いておりません」


「「「あああ、そんな。うちの主力は雑穀なんですが」」」


「なんとかなりませんか!」


「問題ないです。解決策は2つ。1つはこの数値を穀物用に改善する肥料があります。1つはこのPHに向いた作物を育てます」


「「「うおおお!さすがは賢者様!」」」


「まずは肥料ですが、手っ取り早くやるには灰を混ぜることですね」


「ああ、灰をまくのは儂らも以前からやっておりましたが、そういう効果があったのですね」


「ただ、しばらく寝かしておく必要があります。即効性ならば、これ。苦土石灰」


 などと、僕は講釈を垂れていったけど、

 もちろん、ネットで拾った一夜漬け知識。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る