第9話 集落リーダー・アラン視点

 30年間の俺の人生で一番驚いたかもしれない。

 今朝のできごと。


 入口のほうで集落民が集まってざわめいていた。

 俺もなんだろうと覗いてみた。



「……に?セリア、いつの間に外に出たんじゃ。いつも一人で外に出ちゃいけん、と言ってるのに!」


 途中から会話に参加したのだが、

 セリアがどうやら早朝に黙って外に出たらしい。


「だって、お母さんが急病で。みんなの迷惑になるって思うたです」


「馬鹿者。そんなわけあるか」


「まあまあ。こうして薬草を取ってきたんですから」


 となだめるのは見慣れない男性。

 まだ若い。

 成人したかどうかぐらいだ。

 

 ただ、この辺りの人間ぽくなかった。

 黒目黒髪。

 これは南方系の住人の特徴だが、

 それにしては顔の彫りが浅い。

 平たい感じの顔だ。

 ブサイクではなく、むしろエキゾチックな

 雰囲気のある青年だ。

 それと、訛りのない王国標準語を話す。


「なんにしても、ありがとうございました」


 周りに聞くと、セリアは熊に襲われたらしい。

 この青年がセリアを救ってくれたということか?

 一人で熊をやっつけたのか?

 とんでもない強者じゃないか。


「いえ、で、お母さんというのは?」


「こちらですじゃ」


「薬草もいいんだけど、僕、いいもの持ってるから、まずこれで元気づけしましょうか?あ、へんなものじゃないから。栄養満点のジュースなんだ」


 と、彼が取り出したのが透明な容器に入った、

 黄色の液体。

 彼はドリンクをコップに入れ、

 セリアに渡した。


「さあ、お母さんに飲ませてあげて?」


「お母さん、これ飲んで……」


 セリアママであるサリナは辛そうだ。

 顔を見ると、熱がありそうだ。

 咳もしている。

 これはまさか1昨年に流行った流行り風邪か?


 セリアはサリナを起こし、コップを口元に近づけた。

 一口飲んだかと思うと、途端にサリナが眩しく発光した!

 そして、顔色から赤みが薄れ、息苦しさも消え、

 うつろだった目に光が戻ってきたのだ!


「セリア。これ、何?飲んだら、すごく体調がようなった……」


 なんだ、この液体の即効性は?

 こんな薬は今までみたことがない。

 傷の即効性ならともかく、

 回復薬は病気には効きにくい。

 最低でも一晩様子を見て、とかになる。


 しかも、その日に発覚したのだが、

 集落にサリナと同様の病気が広がっていた。

 まさしく、1昨年の流行り風邪だ。


 しかし、この液体はあっという間に

 集落の流行り風邪を治してしまった。


 1昨年も薬を使ってなんとか風邪を治した。

 使った薬草は大量だった。

 何度も薬草を投与し、極力栄養のあるものを与え、

 それでも半数は助からなかった。

 残ったものも予後は長らく病気の後遺症が残った。


 この青年の薬は、そんなことなかった。

 まるで病気がなかったかのようだった。


 俺達は貧乏だ。

 せいぜい、買えるのは初級回復薬ぐらいだ。


 1万ギル。

 それが初級回復薬の値段。

 その金がない。


 俺の親もなかったし、俺ももっていない。

 基本的に俺達はその日暮らしなんだ。


 だから、噂でしか回復薬のことを知らない。

 その噂でも初級回復薬がこんなに効果があるとは

 言われていなかった。


 となると、これは中級回復薬?

 まさか、高級回復薬か?



 それだけではない。

 青年は俺達全員にお菓子を配ってくれた。


 このお菓子が美味しすぎた!

 甘さによる快感が脊髄を突き抜け、

 脳がバグった。

 俺は夢中になってそのお菓子を食べた。


 ふ◯やのかんとりーま◯む。

 そう青年は呼んでいた。

 甘い香りと少しビターな香しいお菓子。

 外はさっくり中はしっとりとした食感で、

 クッキーであることはすぐにわかったが、

 俺が今までに食べたことのあるものとは

 異質な美味しさだった。

 

 そして、黄色の液体を飲んだときも

 そのお菓子を食べたときも、

 俺達の体は薄く発光した。

 俺達には聖なる光に思えた。


「「「おおお、力が漲ってくる……」」」


 俺達の鬱っぽい表情がなくなり、

 明るさが増している。


 彼は病気を治したばかりではなく、

 俺達の健康を回復させたのだ。


 突然やってきた青年は、集落の救世主となった。


「賢者様」


 誰が言い始めたのかは定かではないが、

 彼への呼称は決まった。



 彼はありがたいことにしばらく集落に滞在した。

 不思議な素材を使ったテントに寝泊まりした。


 その間、彼は食生活の改善に努力してくれた。

 川魚を取り、魚の処理方法を教えてくれた。


 魚の住む川には恐ろしい魚の魔物がいる。

 俺達がセラムス、悪魔の魚と呼んでいる

 空を飛ぶ魚だ。


「魚がたくさんいるんですか」


 確かに、魚はたくさんいる。


「いや、賢者様、危なすぎる」


「大丈夫ですよ。さあ、いきましょう」


 と言って、川へ向かってしまった。

 そうであれば、俺達も行かざるを得ない。

 彼を守るために。


「魚をとるための容器も一緒にね」


 彼はそういう。

 なんたる楽天家なのだろう。

 持つものは桶とかではなく、武器であろう。



 だが、俺達の心配はまさしく杞憂であった。

 川についた途端に襲ってくるセラムス。


『シュパッ』


 賢者様はナイフを一閃すると、

 セラムスは真っ二つに切断され、川に落ちていった。


「えっ」


 俺達は一瞬何が起きてるのかわからなかった。

 賢者様のナイフの起動さえわからなかった。


「意外と素早いですね」


 賢者様はことなげに言う。

 ああ、あれを涼しい顔と言うんだろう。

 まるで何もないように、

 賢者様は次々とセラムスを屠っていく。


「うりゃ!」『バリバリ!』


 そして、賢者様は今までと違う攻撃をした。

 あれは雷攻撃か?

 ナイフから目映まばゆい光とともに爆音が。


 次の瞬間、大量の魚が浮いてきた。

 どうやら、雷で気絶しているらしい。


「みなさん、さあ、取り放題!」


 俺達は川に入り込み、夢中になって魚を取った。

 川は幅数百メートルある。

 だから、深いところへは行けないのが残念だ。


 それでも、浅瀬で浮かんでいる魚を取り放題だ。

 あのおっかないセラムスも今は無力だ。

 セラムスをナタで真っ二つにしつつ、

 俺達は夢中で魚を桶に放り込んだ。


 俺達は理解した。

 この人は賢者という名前では捉えられないことを。

 武人としても非常に優れているということを。


  

 その魚は集落に池を作ってそこに放流すると、

 やがて気絶から覚めて泳ぎ始めた。

 これは俺達のその後の食料そして肥料となった。


 さらにあの不思議な飲料やお菓子を

 住民に配り、


「これ、毎日食べてね。僕はまた1週間後にくるから。一度に食べ尽くさないように。量を食べると体に良くないよ」


 俺達はその警告を守った。

 お菓子が美味しすぎて全部食べたくなる欲望に

 対抗するのはなかなか辛かった。


 そして、彼が再びやってくるまでに、

 俺達には驚くべき変化がおきていた。


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