第7話 少女と開拓村。賢者になった
声の方向に向かっていくと、
少し開けた場所に出た。
そこで10歳ぐらいの少女と、
黒い熊が相対していた。
「ルシール!」
距離がありすぎる。
僕のナイフ技ではうまくコントロールできない。
彼女にも攻撃が及んでしまいかねない。
ルシールは一直線に飛んでいくと、
火を吹いた。
『ゴオッ!』
何度見ても不思議な光景だ。
雀サイズの可憐な動物から業火が吹き出される。
ブスブス
火に包まれた熊はあっという間に黒焦げになった。
霧散しないということは獣か。
『いえ、魔獣です』
ルシールは小さな足を振ると、
黒焦げの物体が切り裂かれた。
すると、中から魔石が出てきた。
『獣が体内に魔素を取り込むと魔石化し、このように魔獣と呼ばれる存在になります』
そうなると、獣よりもステータスが倍ぐらい
強くなるそうだ。
「お嬢ちゃん、大丈夫か?」
少女は恐怖で真っ青な顔をしている。
僕にとっては初めての異世界人。
髪はブロンド、目は緑色
ただ、彫りはさほど深くない。
イメージ的に中央アジアの人という感じだ。
見たことはないけど。
「あ、ああ、だ、大丈夫です」
おお、会話が通じたぞ。
日本語じゃないようだけど、
これが多言語スキル効果か。
すごいな。
普通に違和感なく会話できるぞ。
それにしてもこんな小さな子供が一人で。
「お母さんの薬草を取りに……」
なるほど。
森に入らざるを得なかったということか。
「薬草は?」
「あります」
「じゃあ、家まで送っていくよ」
「あ、ありがとうございます……」
だが、足がすくんで立てない。
さすがに、おんぶしたりすると事案ぽい気がする。
子供だから僕の女性恐怖は発動しないけど、
逆に気を使う。
でも、ここは異世界だし。
僕は勇気を出して、彼女を肩にのせた。
身体能力がバク上がりしているため、
ひょいという感じで、誠に軽い。
「座り心地、悪くない?」
肩にはタオルを何枚か敷いたからね。
「ええ、全然悪くないです」
「なら、良かった」
彼女に案内されながら、僕は彼女の家を目指す。
◇
「セリア!」
案内されたのは村ともいえない、
小規模の集落であった。
集落は木組みの柵で囲ってあった。
外からすぐにわかる。
建物はまさしく掘っ立て小屋ばかりだ。
僕達が柵の入口に近づくと、
見張りであろう男が叫んだ。
やはり、セリアより濃い茶髪、緑の目、
そしてさほど彫りの深くない顔。
「この子、熊に襲われていたんだ」
「はい、ケン様に助けてもらいました」
僕達は移動している間に自己紹介をしあっていた。
「ええ、本当に?セリア、いつの間に外に出たんじゃ。いつも一人で外に出ちゃいけん、と言ってるのに!」
「だって、お母さんが急病で。みんなの迷惑になるって思うたです」
「馬鹿者。そんなわけあるか」
「まあまあ。こうして薬草を取ってきたんですから」
「なんにしても、ありがとうございました」
「いえ、で、お母さんというのは?」
「こちらですじゃ」
住民がワラワラとよってきた。
でも、少女を心配している、という顔をしている。
ああ、よかった。
何かイチャモンつけられないで。
ただ、一様に顔色が悪く骸骨のように痩せていた。
案内された建物の中に入ると、
女性がベッドに横たわっている。
顔が赤く、息が苦しそうだ。
「薬草もいいんだけど、僕、いいもの持ってるから、まずこれで元気づけしましょうか?あ、へんなものじゃないから。栄養満点のジュースなんだ」
僕の取り出したのは、サン◯リアミラクルボディ。
関西出身の僕としては、エナジードリンクとして
はこれが一推し。
僕は女性の顔を見た瞬間に適切な処置が
脳内に浮かんできたのだ。
最適解がミラクルボディだった。
あと、エナジードリンクではないけど、
みっ◯ゅじゅーちゅもいいようだ。
住民が集まる中、僕はドリンクをコップに入れ、
セリアに渡した。
「さあ、お母さんに飲ませてあげて?」
怪訝な顔をして、その黄色の液体を
セリアは女性に飲ませる。
「お母さん、これ飲んで……」
セリアが女性を起こし、コップを口元に近づけた。
途端に女性が
女性の顔色から赤みが薄れ、
息苦しさも消え、
うつろだった目に光が戻ってきた。
「セリア。これ、何?飲んだら、すごく体調がようなった……」
◇
「賢者様!」
僕は自分が賢者であることをバラしていない。
でも、セリアママを一発で治癒させたあと、
住民に広がり始めていた病気も治したのだ。
多分、インフルエンザのような病気だ。
インフルは日本でも毎年結構な数の死者が出る。
スペイン風だと世界中で大流行、
1億人前後は死者が出た、と言われている。
ましてや、極貧で栄養状態が悪く、
満足な薬もないこの集落での流行り病は
致命的になったかもしれない。
突然やってきた僕は、この集落の救世主となった。
治した、と言っても
ミラクルボディを飲ませただけなんだけど。
ただ、住民の状態は病気だけじゃなかった。
明らかに栄養失調状態だった。
ガリガリだったのだ。
「これ、食べて」
と住民に渡したのは
不◯家のカントリーマ◯ム。
バニラ&ココア味。
チョコチップをたっぷりと使用し、
外はさっくり中はしっとりとした食感で、
2つの味が楽しめるクッキーだ。
「……!」
食べた住民はもう絶句。
美味しすぎたからだ。
目を見開き、夢中で食べている。
ミラ◯ルボディを飲んだときには
体が光り輝いていた。
カントリーマ◯ムでもそれほどではないにせよ、
体が薄く発光した。
「「「おおお、力が漲ってくるじゃ……」」」
住民の鬱っぽい表情がなくなり、
明るさが増している。
「賢者様!」
ということで僕は住民の信頼を勝ち取った。
自然と賢者様の称号が捧げられたのだ。
正直、僕はずっと無為な毎日を送っていた。
仕事をやめてからはダラダラ。
ネット・ゲーム・食事・寝る。
時々自転車。
自転車だって、ガチ勢じゃない。
そんな毎日。
住民の目はちょっと僕の自尊心をくすぐった。
それと、この集落の現状。
日本から来た僕には衝撃だった。
ただの掘っ立て小屋が並び
地面は土がむき出し。
上下水道もなく、当然お風呂もなく、
その日の食事にも困る有り様だった。
この集落のリーダーであるアランさんが言う。
彼は30歳ぐらい、
アッシュ色の髪、薄茶の目を持つ。
「俺達はアルベルト王国の開拓民です」
王国では2種類の開拓民がいる。
領内開拓民。
各領の未開拓地を開拓する人々。
王国外開拓民。
誰の土地にもなっていない場所を開拓する人々。
「俺達は王国外開拓民ということですね」
王国の領主から開拓費を集め、
王国の名のもとに開拓団を出す。
開拓団は幾ばくかの開拓費をもらい、
開拓に乗り出すのだ。
開拓成功となれば称賛と共に騎士の称号を得られ、
いずれかの貴族を寄親とする。
「でも、そんな簡単なことじゃねえですよ」
まがりなりに成功するのは1割に満たない。
数%といったところだ。
未開拓地ということは、開拓しづらい土地なのだ。
半砂漠地帯とか湿地帯とかそういうところである。
だから、開拓民の殆どは自滅していく。
支配者はそんな開拓民にかまっていられない、
しかし開拓はしたい。
そういうことからできた制度なのだ。
「運良う開拓したとしても、やっぱり貧乏からはなかなか抜け出せんみたいでしてね」
生き残れたとしても貧窮する。
だから、支配者にとっては旨味のある話ではない。
むしろ、やっかいもの。
「もともと、三男坊とかのあぶれもんを救済する制度でして。俺たちもそげな集まりなんです」
もともとは農村出身者である。
ところが、三男とかになると土地を継承できない。
だから、都会に出てくる。
「街に来ても、特別な技術があるわけじゃねえです。腕っぷしが強うねえから、兵士やら冒険者もむいちょらん」
彼らが暮らす場所はスラム街になる。
「スラムに暮らすような民は本当に貧しゅうて、職ものうて、あってもすっごく厳しゅうて、もう奴隷にでもなるか、という状態じゃったんです」
ああ。
僕もブラックな上司で心をやられた。
学生時代も順調とは言えなかった。
でも、まがりなりにもそれなりの収入があり、
天涯孤独になってしまったけど、
親の愛情はあったし、遺産がそれなりにあり、
彼らに比べれば随分と恵まれている。
「そげな我らの最後の希望が開拓民なんです」
成功率の低い開拓に乗り出す。
その事実だけで、開拓民がどういう存在か。
この集落は王都の元住民。
親戚単位の10家族が開拓に乗り出した。
でも、現状では3家族が脱落。
残り7家族も行き詰まっているという。
集落民も当初は30人ほどいたが、
現在は15人にまで減っている。
ただ、支配者がこの制度に注目する理由がある。
稀にでっかく成長するとか、
未知の鉱山とかを引き当てることがある。
そういうギャンブル性があるからで、
支配者側も無碍にはできない。
ただ、支配者側の基本的な思惑は、
街からやっかいものを追い出すこと。
つまり、棄民に近い。
そうアランさんは卑下する。
僕は集落の人々の話を聞いて
深く身につまされた。
「なんとかしたい」
これは当たり前の感情じゃないか?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます