Sid.2 人扱いされない荷物持ち

 聖霊士の力量は以前にも見た。

 手に持っているロッドを階層主に向け、権能を発動させると、包み込むように眩い光を発する。

 光が収まると、そこに居たはずの階層主は消滅していた。魔石だけを残して。

 権能の名称は「ミラクレストリュース」と言うそうだ。奇跡の光と言い、敵の強さや大きさに一切関わりなく、瞬時に消滅させるだけの威力がある。

 ただの魔法ではないからな。神が与えた権能だから、相手が何であれ倒せるってことだ。


 ただし。


「悪かったな。俺たちがもう少し強ければ」

「いいの。私の役目だし」


 体力の消耗が激しく立っていられず、地面に座り込んでしまう。

 立ち上がらせ肩を貸すクリストフだ。この二人は互いに愛し合う間柄。イチャイチャなら他所でやってくれ。

 身に纏う金の装飾が施された純白の衣装は、教会の牧師が着る服と同じ感じだな。まあ、神との関わりが深いから牧師と同じ感じなのだろう。


「今日は引き返そう」

「そうだね。ティーナの力使っちゃったし」

「明日改めて攻略すればいいさ」

「階層主は倒せたから問題無し!」


 ティーナ。短縮形の愛称でありクリスティーナが本来の名。名前で呼んだのは一度だけ。生意気だとクリストフに殴られ、以降は聖霊士様と呼ばされている。

 名前で呼ぶなど烏滸おこがましいと知れ、だそうで。同じ人間とは認識されてない。

 それと、聖霊士の権能は一発しか放てない。一日に一発だけ。

 人が扱う力では無いからだろう。ゆえに、ここ一番で使う。


「じゃあ戻るぞ」

「イグナーツ! 魔石の回収忘れるな」


 いちいち怒鳴る。魔石ならとっくに回収済みだ。

 元来た道を引き返し出口目指して歩く。途中で遭遇するモンスターは、戦士と魔導士が排除しながらだ。

 俺は最後尾で荷物を背負い、先行するメンバーの背中を見るだけ。戦闘に参加することはない。所詮は荷物持ちだからな。

 モンスターを排除すると雑談が始まる。


「帰ったら記念の祝宴だね」

「階層主を倒したからな」

「これで明日から次の階層に行ける」

「ティーナ様様だよ」


 祝宴とやらに俺は呼ばれない。パーティーメンバーでは無いからな。あくまで荷物持ち。戦闘しない奴をメンバーとは認めないからな。

 幾度か階段を上がり地上に辿り着き、出口からラビリントの外に出る。

 ここから徒歩で最寄りの町へ向かう。ここのラビリント攻略のために滞在している町だ。

 帰路でも雑談をしながら歩くメンバーが居る。


「やっぱティーナが要だよね」

「存在感が大きいな」

「もう。お世辞言っても何も出ないよ」

「お世辞じゃないって」


 談笑しながら六人で楽しそうに歩いてるわけで。俺はと言えば終始無言だ。

 こんなパーティー、さっさとやめたい。


 町に着くと拠点とする宿に向かい、部屋に入ると各々寛ぐのだが、クリストフから「今日の日当だ」と言って、銅貨を二十枚投げ渡される。

 銅貨一枚で百ルンド。二千ルンドは日本円で三千円程度。今回は終日の行動ができず、本来受け取れる日当の半分。終日活動すれば四千ルンドになる。

 床に投げられた金を拾い集めると「明日も行くからな。準備は入念に行っておけ」と言われる。


「過不足なく、だからな。分かってんだろうな」

「ほんと、イグナーツって、頼りないからねえ」

「まあ荷物を持つだけの奴だし」

「食料や水に武装が不足したら分かってるよな」


 過不足なく、とは装備や食糧代はパーティーから支出されるからだ。余計な金を使うな、不足させるなってことで。

 万が一、攻略中に食料や水が不足すると、引き返す必要が出るだけではない。場所によっては帰還が困難になるからだ。特に水は不足すると命取りになる。だから必要量を把握しておく。誰がどれだけ消費するか、攻略中に観察して頭に叩き込んだ。

 もし不足して攻略を中止した場合は、俺の足の腱を切ってラビリントに置き去りだそうで。意味のないことをする。それでお前らが助かるのかって。


 足手纏いな奴は要らない。過不足なく用意できない奴は、役立たずと言うことだろう。そんな奴がパーティーの荷物持ちなど、許せるはずも無いってことだ。

 だったら少しは人として扱えと思うのだが。命運を握る面もあるのだから。

 だが、そんなことを口にすれば、袋叩きに遭うからな。以前に言って懲りた。


「たかが荷物持ちが偉そうに口答えするな」

「お前、立場ってのを分かってるのか」

「お前にはお前の仕事がある。できないなら違約金を払えよ」


 違約金。

 俺がこのパーティーで荷物持ちをするに当たり、契約を結んでいるわけだが、一度交わした契約はクリストフ以外に解除できない。

 クリストフから契約解除を言い渡されない限り、俺からやめることはできないからな。もし俺からとなると三十万ルンドを払うことになる。無茶苦茶だと思うが、これがこの世界のスカラリウスへの扱いか。


「少し休憩したら祝宴だな」

「場所は?」

「通りに面した飯屋があるだろ」

「ああ、ちょっとおしゃれな感じの」


 楽しげだな。俺は少しも楽しくない。


「帰っていいぞ」

「準備だけは忘れるな」


 やっと解放された。

 部屋をあとにし個人で借りている宿へ向かう。

 一泊二千ルンド。今日の稼ぎは一泊分にしかならない。しかも飯代は別だからな。収入より持ち出しが多くなることもある。だから貯金すら真面にできない。

 いつになったら、あのクソパーティーを抜けられるのやら。


 宿に着き部屋代を払い部屋に行く。薄暗く狭くこ汚い部屋だが、俺の手持ちの金では贅沢は一切できない。

 雨風凌げるだけまし、と思うようにしている。


 シーツに穴の開いたベッド。ところどころたわんでいて寝心地も悪い。

 枕は臭い。毛布一枚あるだけで、他には何も無い。

 ベッドに腰を下ろすと、思わずため息が漏れた。


 あいつら文句を言う癖にクビにされることがない。安く扱き使えるってことで、都合がいいんだろう。ベテランのスカラリウスなら、日当は六千五百ルンドになる。俺は若いのと経験不足ってことで、安価に雇えるわけだ。

 くそ。いいように使いやがって。


 なんでこんな世界に来てしまったのやら。

 元々日本では高校生だった。ある日の通学途中に、路地で明滅する光点が気になって、つい寄り道したのが運の尽きだった。

 足を踏み入れた瞬間、この妙な世界に来てしまったのだから。


 当初は右も左も分からず言語も通じず、平原を歩いていたら野犬の集団に襲われ、通り掛かった探索者に救われた。

 言葉が通じないから、コミュニケーションが成立しない。厄介な相手を拾ったと思っただろうな。

 それでも俺の引き取り手を探してくれて、農家の老夫婦に引き取ってもらえた。

 若く幼く見えたってのもあるのだろう。この世界の十五歳や十六歳は、やたら大人びていたからな。日本の高校生なんて十二歳か十三歳程度にしか見えない。

 生活拠点ができて言葉も教えてもらった。代わりに農作業を手伝い、凡そ二年間世話になって独立することに。


「行くんか?」

「お世話になりました。このご恩は一生忘れません」

「たまには遊びに来てや」

「暇を見てできるだけ来るようにします」


 別れの寂しさはあったが、とっくに成人している以上は、いつまでも世話になり続けられない。

 町に出て職を探すことに。

 だが、農家の出身だと就ける職は限られると知った。

 探索者ギルドなるものがあり、そこの門を叩くも何ができるのか、と問われ戦闘経験は皆無ってことで門前払い。


 野良仕事で鍛えたから体力だけはあった。

 結果、運搬賦役協会の門を叩き、荷物持ちとなったわけで。


 飲食店や宿なども農家出身者は雇わないんだよ。小売店からも敬遠されるし。

 途方に暮れていたら探索者から紹介されたのが、運搬賦役協会だった。

 他にできることも無かったから、スカラリウスとして登録し、当初は農作物の運搬に関わることに。

 一年もすると慣れたってことで、今の探索者パーティーを紹介されたのだ。

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