第一章 鳥籠

第1話

 リーベルは仕事を終え、オフィスから出るところだった。時刻は夕方六時を少し過ぎた頃。十月も後半になると、夕焼けが自動ドアのガラスを真っ赤に染め上げる。

 リーベルはうつむきながら外へ出た。日差しが眩しかったというのもあるが、ここ最近はそうでなくとも地面を見つめていることが多かった。それでも今日は、いつもよりか気分はよかった。この後、たった二人の友人と食事をする予定があるからだ。


 二人とは専門学生時代からの友人で付き合いは十年以上にもなる。一人はバークスといって、濃い赤毛の笑顔のよく似合う好青年。同じ広告デザイン会社に勤め、毎日のように顔を合わせている。リーベルが今日一人なのは彼が休日だからである。そして、もう一人はウィンストン。黒髪の大柄な男である。会うのは一か月ぶりで、食事会は彼の、映画美術を製作する会社での昇進を祝うためであった。

 リーベルにとって二人に会うことは避難所に逃げ込むことに等しかった。避難所の外では日々あれこれと考えを巡らせ過ぎて気がおかしくなる。親友の一人が同じ職場にいてくれたことはせめもの救いだろう。


 晴れやかな心持ちで空を見上げると、黒い球体が日食時の月のように上空を通り過ぎていった。それはドローンであり、本来は真っ白のほとんど球に近い卵型をしている。機体の中央には黒いレンズがあり、レンズを中心に灰色のラインが横に一周している。攻撃態勢に入ると下の開口部から銀の腕を出して銃を撃つそうである。リーベルはその光景を一度も目の当たりにしたことはなかった。というのもドローンが銃を使うことは二百年に一度起こるか起こらないかという大事件だからである。

 ドローンが攻撃する姿を思い浮かべ、ぼんやりしている間にも何台ものドローンが空を往復していった。ドローンの役割は市民の監視であり、人通りの多い大通りから誰も通りたがらないような狭い脇道まで余すことなく全てをその視界に収めている。リーベルの勤めている会社は大通りに面したオフィス街の一等地に位置し、人通りも多い分ドローンの数も多かった。この街に暮らしている限り、彼らの目を掻い潜ることは不可能であったし、そもそもそんなことをしようと思う者は一人もいなかった。


 正面の道路に目を向けると、いつもは夕日に負けず劣らず真っ赤に照った車が停車し、ドアを開けて主人が乗り込むのを従順に待っているのだが、今日はそこに赤い執事の姿はなかった。

 リーベルが体の向きを左に変えると、脳内で聞き慣れた機械音が響いた。


『本日は散歩をなさりたい気分かと思いまして、お車でのお迎えには上がりませんでした。この後のご予定は十七時から御友人二人とのお食事となっています。ちょうどいい時間に着くためのルートを提案いたしましょうか?』


 リーベルは歩道を歩き始め、オフィスのガラスに映った黒髪で色白のやつれた男の黒い目を見つめ返した。しばらくその顔を睨みつけた後、リーベルはその提案を断った。

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